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2013年12月19日 (木)

人と接することが苦手な人へのメッセージ

 
 
以前、ある人に言われて、今でも心に残っている言葉があります。

それは

「人にどう思われたいかは、いりません でもどう思われているかはチェックする必要があります」

でした。

どう思われているかはチェック出来ていたように思うのですが、よく思われたい、悪く思われるのは嫌だという気持ちが私自身強かったように思います。

だから長く接しているのにどうしても仲良くなれなかった人がいました。

そして打ち解けられなかった原因を、その人のせいにしていたのです。

「相手が心を閉ざしていたから自分も壁を作ったのだ」

「相手が感情的になって怒ってきたから、自分は近づきにくくなったのだ」

「相手のプライドが高いからとっつきにくかったのだ」

「相手は私のことが嫌いだったんだ、だから所詮仲良くは出来なかったんだ」

とすべてを相手のせいにしていたのです。

自分が裸の心になって、自然体になって相手の懐の中に入って行こうともせず

言い訳ばかりをしていた

「これではいけない」 と思いつつも

ずっと躊躇していたのです。

でも最後の最後になって、やっと心が打ち解けたのです。(私が職場を去るときでした)

それは私がプライドを捨てて、裸になって

相手の人にあることを相談したからです。

そのときの私は何も考えていませんでした。

とっさの相談だったのです。

するとその人はそれまでの頑なな態度を一変させて

笑顔でその相談に答えてくれました。

12年間親しく話が出来なかったのに

本音で話すことがなかったのに

あっけなく氷が解けたのです。

そしてわかったことは

相手が壁を作っていたのではない

自分が壁を作っていたのだ

ということだったのです。


巷には 「人付き合いの仕方」 という HOW TO本が山のように書店に積まれています。

しかし下記に書かれているような真理をズバリと突いた本は少ないと思うのです。

西園寺昌美先生の真理は、一読、厳しいのです。

読んでいるとあまりにも当っているので、逃げ出したくなるのです。

自分の欠点、いたらなさをズバリ突かれたような気持ちになるからです。

人間は、自分の弱味を突かれると守ろうとするからです。

言い訳をしようとするからです。

しかし、参りました、その通りです、という心境になるのも悪くはありません(笑)

自分の心に素直になると

スッキリするからです。

清々しい気分になるのです。

そして

「これまでのことはしかたがない」

「これから気をつけて、改めればそれでいいんだ」

という心境になったのです。


 

この世の中は人と人との交わりです。

ですから、人とうまく付き合うコツを学んでおくことも大事ではないかと思います。

まず人と接する場合、一番頭に思い描かなくてはならないことは、自然体に振る舞うことが出来るかどうか、ということです。

自然体ということは、簡単なようで、これほど難しいことはないのです。

自然体とは、自分自身を何も包み隠さず、相手の思うがままに見てもらおう、という態度です。

自分を大きく見せようとか、優秀な人に思われたいとか、誠心誠意の人に思われたいとか、心にそういう魂胆があると、初対面の人に対して自然体に振る舞えなくなります。

そうなると、相手に自分のことを正しく評価してもらえず、せっかく相手が自分の人生において欠かせぬ人物であったとしても、その人とのつながりを失ってしまうことになります。

ですから、人と付き合う場合、一番心がけなければならないことは、裸の心になってあるがままの自分をさらけ出すということです。

これが出来る人は大勢の友、いろいろなタイプの友を得ることが出来るのです。

友だちが多いとあらゆる面で助けを得ることが出来ます。

自分が困難な事態に直面したり、悲惨な状況に陥った場合、心から助けてくれるのは真の友なのです。

有能で知識欲のある人や、人を指導する立場の人は往々にして、慢心や偏見があり、どうしても自然体で人に接することが出来ないものです。

自分を偉そうに見せてみるとか、博学のように見せてしまうとか、自分がどういうものであるかを主張したがるものです。

それも自分のことを正直に語れば、相手の心を魅了するものですが、そこに偽りや虚飾があると、誰もその人を心から尊敬しませんし、友だちになることを嫌がります。

自分がどう思われたいかを気にする人は、もうその時点でいい友を得ることが出来ないし、自らの人生に自信を持って生きることが出来ない人と言えるのであります。

自分に信念があり、自分に実力のある人は、人からよく思われようとか、人にどう思ってもらいたい等という姑息な考え方が心に浮かばないのです。

大抵の人は、人と接した場合、無意識のうちに自分と比べてしまいます。

学歴や才能や知識などで、自分が優れていると思ったら、突然威張りたくなったり、自分が劣っていると思ったら、自信がなくなります。

そういう人はまだ人間が出来ていないのです。

本当に人間が出来ている人というのは、自分と人との比較を決してしません。

また自分に自信があるから、人の良い面をみようとします。

人からどんなふうに思われても、“自分はそれでいい” と弁解もしなければ、取り繕うこともしません。

取り立てて自分のやっていることを人に知らせようともしません。

“ただあるがままの自分を人に見てもらうだけで十分だ” と思っているのです。

ですから人間というものは、自分に対していい意味で誇りを持ち、威厳を持ち、自分を尊び、神の子としての自覚をもって生きなければならないと思います。

人間は誰も彼も、最終的には神の子の姿を現わします。

それが遅いか早いかの違いです。

前生の因縁によって遅い人も早い人もいますが、現在、自分が生きてゆく上で、一番戒めなければならないことは、自分自身を飾らず、裸の心をもって人と接することです。

どうぞそのように心掛けて人との尊い結びつき、縁を大事になさっていただきたいと思います。

   

       「明日を明るくするメッセージ」 西園寺昌美著



  
 

 

 

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