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2013年12月16日 (月)

転んでも

 

いろいろなジャンルの本を読んでいると、当たり前のことですが 「これは凄い、素晴らしいことが書いてある」 と思っていても読みつづけているうちに 「あれっそうかなぁ 違うと思うんだけどなぁ」 と感じる部分が出てくるのです。

 もちろん良いところだけを自分のものにすればいいのですが、だから書いている人のことを全面的に信じることは出来ないのです。

つまり、どこかに異和感、ブレを感じるのです。

人間が書いたことだからそれはしかたがないことです。 パーフェクトな人間はいないからです。(覚正し悟っていない限りは)

ただ、なんのひっかかりもなく、100%スーッと心に沁みてくる本もある。

それは私だけの私見ですが、五井昌久先生、西園寺昌美先生、于寿明先生のご著書です。

それは、天からのエネルギーがそのままストレートに本に降りて来ているからです。

神界のエネルギーが文章となって本に顕われている。

エネルギーが本物だから書いている内容も本物になるのです。

とすると書いている人がどのような境地(心境、意識)にあるか?なのですが

私は、稲盛和夫さんや松下幸之助さんも本物に近いものを感じるのです。

真理がスーッと入って来て、首をひねることがほとんどないからです。

私にとって良書とは、天の波動に近い純粋度の高いものなのですが

素晴らしいと思うのです。

稲盛さんも幸之助さんも宗教心が強いのです。

宗教というのは、宗(もと)の教えという意味で、人間の根本である心の教えなのです。

根本(宇宙)の根っこの話をしているのでブレることがないのです。

その他の本は、根っこ(宇宙)とつながっていることもあるし、つながっていないこともある。

これが真理がしっかり書かれているものと、ズレていて首をかしげる本との違いだと思います。(生意気なことを書いてすいません)

前置きが長くなってしまいました

さて、タイトルの 「転んでも」 に戻りますが、真剣に考えていれば、生きていれば、根っこにしっかりとつながることになるのです。

だから間違ったこともしないし、ブレることもないし、失敗することもないのです。

失敗するというのは、きついことを言うかもしれませんが真剣度が足りないのです。

どこかで油断しているのです。

お医者さんが難しい手術を失敗して患者さんを死なせてしまったときに

「あっ失敗しちゃった、でもしかたがないよね、人間だからミスすることもあるさ」

と言っては大変なことになります。

プロである以上、ミスや失敗は許されない

真剣度が足りなくて失敗やミスをしたのなら、真剣度を上げれば、失敗はしない、失敗はあり得ない、成功するということです。

物事には、失敗(思考錯誤)が必要なものと、失敗は許されないものとがあります。

人は、そこを見極めずに

許されないもの、何度も失敗できないものに対しても

「七転び八起き」

「失敗は成功のもと」

「失敗から多くを学ぶ」

「人間だからしかたがない」

「失敗している人を責めてはいけない」

と言うのです。

無駄なく成功する人とは

思考錯誤をするにも、真剣に思考錯誤をしているのです。


だから毎日をいい加減に生きてはいけない

一瞬一瞬を、怠惰に生きてはいけないのだと思うのです。

なにも緊張をして生きろと言っているのではありません。

リラックスすることもとても大切なことです。

真剣になることと緊張するのとでは違うのです。

そこの違いの機微が、しっかりとわかった人が成功する(宇宙法則に乗る)のだと思います。









「七転び八起き」 ということわざがある。

何度失敗しても、これに屈せずふるい立つ姿をいったものである。

人生は長い。 世の中はひろい。

だから失敗もする。 悲観もする。 そんなとき、このことわざはありがたい。

だが、七度転んでも八度目に起きればよい、などと呑気に考えるならば、これはいささか愚である。

一度転んで気がつかなければ、七度転んでも同じこと。

一度で気のつく人間になりたい。

そのためには 「転んでもただ起きぬ」 心がまえが大切。

このことわざは、意地汚いことの代名詞のように使われているが、先哲諸星(せんてつしょせい)の中で、転んでそこに悟りをひらいた人は数多くある。

転んでもただ起きなかったのである。 意地汚いのではない。 真剣だったのである。

失敗することを 恐れるよりも、真剣でないことを恐れたほうがいい。

真剣ならば、たとえ失敗しても、ただは起きぬだけの充分な心がまえができてくる。

 おたがいに 「転んでもただ起きぬ」 よう真剣になりたいものである。

   

               「道をひらく」 松下幸之助 PHP




 



 

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