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2013年12月30日 (月)

不安を超えるには


 
お金がたくさんあったとしても、人との心の分かち合いのほとんどない寂しい人と、お金はいつも不足気味だけれど、人との触れ合いも多く毎日充実した日々を送っている人とでは幸せ感はどちらがあるでしょう?

しかし仮に金銭的なことも心もある程度満たされている人がいたとしても死や病気への恐怖、そして老いてゆくことの哀しさは消すことは出来ません。

そしてもし、死を恐れることがなくなり、病気になることにもなんの不安も感じなくなり、老いてゆくことも平気になり、お金がなくてもなんとかなるさという心境になり生きていることがありがたくて、楽しくてしかたがないという境地になればどんなにか素晴らしいことでしょう!

そうなれば、どんな現象が目の前に現われたとしても、動じないほんとうの意味の不動心になるのです。

人間は不動心になることが幸せにつながるのです。

どうすれば物事に動じない人になれるのだろう?

どうすればいつも平穏な心でいられるのだろう?

それは人間、万人の願いだと思うのです。

私は、私たち人間の心の故郷である宇宙と意識がつながることが永遠の安住の地に着くことだと思っています。

私たちはどこから生まれどこからやってきたのか?

そこに答があるのです。

私たちは神の子です。

神とは宇宙のことです。

宇宙神ともいいます。

宇宙の子である私たちが

意識を天(宇宙)に合わせた時

なんともいえない安心感が得られるのです。

どのような不安恐怖も一瞬にして無くなる

だから意識を天(宇宙)に合わせ続ければいい

そのために祈り(世界平和の)をするのです。

祈ると生命が活き活きとして来るのです。

それは生命の源とつながるからです。

源からの波動(エネルギー)が肉体に響いて来るからです。

不安を超えるには、宇宙とつながるしかないのです。

宇宙は全ての源  もと です。

もとは素です。

だから素晴らしいとは宇宙とつながっているという状態を言うのです。


意識を宇宙に合わせましょう

そして永遠の生命とつながりましょう




 

世界人類が平和でありますように

 
我即神也

人類即神也

 





    不安をこえるには


 

職がなくなったらどうしよう、病気になったらどうしよう、親が死んだらどうしよう、夫を失ったらどうしよう、老人になったらどうしよう・・・・・思えばきりのないほど恐怖の種はあります。

それはいずれも自己の生命存続のための恐怖なのです。

金がなくとも、職がなくとも、食べなくとも生きていられる、という道があったら、どれほど心安まることでありましょう。

ところが現実の生活ではそうはいかない。

しかしこれを裏返しに考えてみると金があり職があり何の不自由がなくとも、死病にでもなったらどうでしょう。

心の安定はほとんどの人が失ってしまいます。

心の安定を得るということは、金でも職でも体の自由でもなく、永遠の生命を得るということにあります。

 

       「日々の祈り」 五井昌久 白光出版



 

 

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