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2013年12月 6日 (金)

正しい判断をするには、心が鎮まっていなければならないのです。

 
 
私が今、無人島に流されてたった一人切りになり、そこでたった一冊だけ本を持ちこむことを許されたとしたのなら、私は迷うことなく今読んでいる(何回も読み返している)この 『老子講義』 を選ぶのです。

私にとってこの本は最高の指南書であり、おおげさではなく宇宙の叡智がすべて詰まっていると思っています。

だから一人であっても孤独にもならないし淋しくならないのです。(すべてのものとつながるから)

もう何回読み返しているでしょう、読み返すたびに、新しい発見がある、新しい自分にまた出会うことが出来るのです。

さて、私たちは、常に正しいジャッジ(判断)を迫られています。

そして毎日、いろんな変化が起こっています。

変化するということは変化のたびに何らかの判断、決断をしなければならないのです。

しかし、そのジャッジが正しいのかどうかはわかりません。

わかっているのは、どちらかを判断したために全く違った方向へと物事が向って行くということです。

Aを選ぶのとBを選ぶのとでは、未来が違ってくるのです。

善い選択をしようと私たちは頭を使って考えます。

かと言って肉体人間の頭で一生懸命に考えたことが正しいことにつながるとは限りません。

いや、 「ああだ こうだ」 と頭をひねくりまわして出た結論というのは、間違っていることの方が多いのです。(私の経験からはですが)

かと言って、直観だけに頼るのも違うような気がする。

直観も間違えることがあるのです。(どこにつながってるかによって)

だったらどうやって正しいジャッジをしていけばいいのか?

それは、気を鎮めて平常心、不動心になればいいのです。(これが一番難しい)

正しいと言う字は、上の横線は天を示しているのですが、天に止まると書きます。

天に止まる、つまり天とつながって動かない自分(心)が不動心です。

落ち着いた自分、感情想念に振り回されない自分が本来の自分の姿なのです。

そうなってはじめて、正しい判断ができる

正しいメッセージ(啓示)が降りて来るのです。

そのためには、肉体の頭脳を駆け巡る業想念波動(ああだこうだと人間を迷わす想い)を消し去らねばなりません。

でないと心を鎮めて、平常心、不動心にはなれないからです。

世界平和の祈りを祈り、自分の想念(おもい)をすべて天に投げ入れると、天(宇宙)の叡智が、正しいメッセージが降りて来ます。

その正しいメッセージを正確に受け取れるのが、平常心、不動心なのです。

だから私たち人間は、正しいメッセージを受け取れる器(不動心という器)を整えていればいいのです。

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

次の王という字でも、王の上の横線は天を示しているのですし、下の横線は地を示しているのです。

この意味を簡単に申しますと、天の理念を地に現わす為には、人が、縦横十字、つまり、理想と現実を調和させ、精神問題と物質問題とを融合させてゆく能力を持っていなければならない。

そうした能力を持っている人を、王というのであります。

ですから王となるためには、そうした能力をもった人、神の叡智を自己のものとした神人でなければなり得ないのです。

その王たるべき人が単なる世襲でなったり、権力欲でなったりしているのですから、世界が乱れるわけなのであります。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

        『老子講義』 五井昌久 白光出版



 

 

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