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2013年12月18日 (水)

12月18日のつぶやき(志を立てよう)

 
 
志(こころざし)と目標というのは、違います。

目標とは、目にみえることで実現したいことであり、志というのは、どういう生き方をするかという心のことですよね。

私は目標の前に志があってしかるべきだと思うのです。

自分が何をしたいか? ではなく自分がどういう生き方をして、どういう人間になりたいか?

人に必要とされる人間になりたい

愛される人になりたい

感動を与えられる人になりたい

という想いがあって

そのために自分は何をしてそれを実現するのか? を考える


私は今55歳なのですが、友人と話をしていても志を持っている人はあまりいないのです。

目標、願望は持っています。

「ゴルフがうまくなりたい」

「いつまでも健康でいたい」

「早く仕事を辞めて、好きな旅行を思う存分したい」

「老後のために充分なお金を溜めたい」

みなそれぞれいろんな目標を立てています。

目標を持つことはいいことです。

ないよりはあったほうがいいです。

でもちょっと寂しすぎやしませんか?

それは自分のことしかないからです。

人や社会との関わり合い、分かち合いがないからです。

そこには小さな感情、感動しかないからです。

志のない人と話していてもあまり楽しくありません。

過去の話か、健康の話か、趣味の話、家族などの限られた人の話、後はお金の話題くらいしか出てこないからです。

「私は世の中を善くしていきたいんだ 善い世界をつくっていくんだ」

「人類の幸福、平和に貢献したいんだ」

「そのために自分はこうしたいんだ」

それが志だと思うのです。

人間としてのミッションだと思うのです。

そんな高い志を持った歯応えのある人(笑)

と巡り会いたいと思う今日この頃です。

 

志(こころざし)を立てよう。

本気になって、真剣に志を立てよう。 生命をかけるほどの思いで志を立てよう。

志を立てれば、事はもはや半ばは達せられたといってよい。

志を立てるのに、老いも若きもない。そして志あるところ、老いも若きも道はひらけるのである。

今までのさまざまの道程において、いくたびか志を立て、いくたびか道を見失い、また挫折したこともあったであろう。

しかし道がない、道がひらけぬというのは、その志になお弱きものがあったからではなかろうか。

つまり、何か事をなしたいというその思いに、いま一つ欠けるところがあったからではなかろうか。

過ぎ去ったことは、もはや言うまい。

かえらぬ月日にグチはもらすまい。

そして、今まで他に頼り、他をアテにする心があったとしたならば、いさぎよくこれを払拭しよう。

大事なことは、みずからの志である。

みずからの態度である。 千万人といえども我ゆかんの烈々たる勇気である。

実行力である。

志を立てよう。 自分のためにも、他人のためにも、そしておたがいの国、日本のためにも。

    
          「道をひらく」 松下幸之助 PHP

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