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2013年11月26日 (火)

人間の頭の判断力というものはお粗末なものなのです。

 


テレビ番組の悪口をいうわけではないのですが、ある議題があってそれについていろんな評論家、知識人、著名人が喧々諤々(けんけんがくがく)自分の意見を述べ合っている人気番組があるのです。

しかし聞けば聞くほど入り込めば入り込むほど、お互いが我のぶつかり合いをしている、感情のぶつけ合いをしている姿しか映って来ないのです。

AさんがBさんに「この局面を乗り越えようとしたら小さなことに拘らず大局的に対処しなければならない、だからそんな小さなデメリットの少数意見など聞かず、C政治家の思う通り推し進めてゆくことがリーダーシップを執るということであり国民が真に求めていることです」

と言っていたかと思えば

「そんな大雑把な考えではダメだ、小さなことから大切にしていかないと後で取り返しのつかないことになる」 と真逆のことを言ったりする。

それも自分が気に入っている人がやることには、大まか(寛容)になり、気に入らない人には、感情的になって声を荒げ、必要以上に攻撃する。

もしC政治家が気に入らない人だったら、自分の考え(ポリシー)よりも嫌い(感情)が勝ってしまい、猛攻撃をしていたのではなかったか?

好き嫌いで決めているのではないのか?

とどのつまり最後は知識の比べ合いになり

「なんだそんなことも知らないで偉そうに意見を述べるな!」 になってしまう。

結局自分の都合のいいように、自分の物差しが一番正しいんだと押し付けているだけなのです。

誰も、俯瞰的に宇宙的に人類的に、調和的に平和的に愛を持って述べる人などいないのです。

つくづく 「肉体人間って本当にどうしようもない馬鹿なんだなぁ」 と思ってしまうのです。

そしてついうっかり人間神の子を忘れてしまいそうになります。無限なる光!

だがしかし 「この肉体人間はほんとうにどうしようもないお馬鹿なんだ」 が大切なのです。

肉体人間は欠陥だらけだ、どうしようもない

肉体人間だけだったら必ず地球人類は破滅する

自分も馬鹿だし他人も馬鹿だ、もう生きるのが嫌になった

だがしかし、完璧なものがあるはずだ

この素晴らしい地球や宇宙があるということは完璧な何かが存在するのではないだろうか?

そして自分の中にも他の人の中にも素晴らしいものが隠されているのではないだろうか?

完璧なものに意識を合わせれば自分もそのようになってゆくのではないか?

諦めるのはまだ早い!



肉体人間の自分に期待しているうちはダメなのです。

肉体人間の他人に神の姿を見出そうとしてもダメなのです。

業想念でコテコテになった人に神性(愛)を求めても無駄なのです。

この考えは、人間悪魔の子を述べているようですが違うのです。

一旦、もうダメだと諦めてしまうと気持ちがスッキリします。

そして切り替えが出来るようになります。(未練が無くなるのです)

あきらめるとあきらかになるのです。

だから、業の子と神の子を分けて考えなければ肉体界のことは解決しないのです。


 



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ところが結婚をしてから30年も経つけれど、私は主人のことがちっともわからないんですよ、と言って私に教えを乞いにくる人がおります。 30年も一緒にいてわからないのはおかしいようだけれど、実はわかったように思っているだけで、本当はわからない。 というよりもっと深く言えば、実は自分自身のことがわからないんですよ。 自分は一体どういうものかわからないのですよ。

いくつもいくつも心(想い)があって、いろいろ探ってみると、一体自分は気が弱いのか強いのか、気が長いのか短いのか、情深いのか冷淡なのか、わからなくなってくることがあるんです。

何が自分を判断するかというと、自分の好みとか自分の習慣の想いで、自分を判断し、人を判断するわけです。

習慣の想いは何かというと業想念という。

前の世、前の世の過去世からのいろんな想いや行ないがありまして、それが幽体に積もって習慣になり、習慣の想いというものが積り積もって業になるわけなんですね。

そういう目から観じますと、人間というのは業想念の、相対的な自分の善悪、いわゆる自分の都合で変わってくるわけ。

去年まで付き合って、あんないい人はいない、と言っていたのが、何かの都合で、自分に都合の悪いことを言ったり、やったりすると、あんな意地の悪い、あんな悪い人はいない、と言ってきますものね。

この間まで、褒めて褒めて褒めちぎっていた人を、今度はあんな悪い人はありませんと言う。

自分に都合が悪くなると、途端に悪くなっちゃうんですよ。

それほどに人間の頭の判断力というものはお粗末なもんです。

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「自分も光る人類も光る」 五井昌久 白光出版


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