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2013年11月 3日 (日)

抜群に切り替えの早い人は聖者なのです。

 

過去のことをキレイサッパリと忘れ去り、自分に対して不利益なことや失礼なことをしてきた人に対して、まるで何ごともなかったかのように振る舞うことの出来る人って、本当に素晴らしい!と思うのです。

反対に自分が迷惑をかけた相手に対して、すぐその場で謝ったのならば、次の日や次回に会ったときに改めて

「昨日(先日)は申し訳ありませんでした」 と再度謝らなくてもいいと思うのですが、相手の人がまだ根に思っている雰囲気があるときは、今後のことを考えて

謝る演技をするのです。(あまり心がこもっていません)

どんなこともその場で、スパッ スパッ と竹を割ったように

「ハイ もうおしまい!」 と 切り替えがお互いに出来てゆくのならどんなに気持ちのいいことでしょう?

お付き合いする人とはそんな人であってもらいたいものです。

私は五井先生と直接お会いしたことはありませんし、ご本人の存在を知ったときには、もう先生は逝去(帰神)されていました。

ですから、五井先生と講師の方との日常会話などが非常に羨ましくもあるのです。

尊敬する五井先生の側(そば)に居て、いろんなことが学べるからです。

今回の逸話からも切り替えの大切さを学ばせていただきました。


聖者とは人間として、素晴らしい人(霊止)なのです。


 

かつての聖ヶ丘統一会は、聖歌で始まり聖歌で終わりました。開会の時は「己(おの)が幸」、閉会の時は「世界平和を祈る歌」を斉唱していました。
...

 後年、ピアノ伴奏は若い女性の方が統一会ごとに交代で担当しましたが、五井先生ご在世中は二人のご年配の方が担当なさっておられました。第一月曜日はAさん、第二、第三、第四日曜日はBさんでした。

 五井先生ご帰神数年前のことです。第一月曜日を担当なさっていたAさんが、個人的な事情で急にお辞めになることになりました。そこで録音部のスタッフと相談し、これを機にBさんにもお辞めいただいて、若い人にお願いしようということになりました。

 このことが決まってから程なくして、五井先生からお呼び出しがかかりました。先生にお目にかかるなり、「なぜBさんをピアノの担当からはずしたのか?」と怖いお顔でおっしゃいました。

私は前述のいきさつを申し上げたところ、先生は、「Bさんの心の中は、いま淋しさでいっぱいだ。Bさんの家に行って、五井先生がピアノを続けて下さいと言っていたと伝えなさい」とおっしゃいました。

 愛深い五井先生には、人の痛みや淋しさがご自分の痛みや淋しさとなってお感じになられたのです。

 五井先生から厳しいお言葉を承って引き下がり、お部屋を退出して階段を下りている途中で、先生に申し上げなければならない他の用件を思い出しました。

厳しいお言葉の後だったので、一瞬のためらいもありましたが、勇気を出してもう一度階段を上がって先生のお部屋まで戻り、恐る恐るノックしました。

 お部屋の中から「ハイよ」といういつもの優しいお言葉が聞こえてきました。襖を開けたとたん、先生の柔和な笑顔が目に映りました。

「何だい?」という先生の応対に、私は戸惑いました。今しがたのあの怖い、厳しい先生はすでにそこにはなく、いつもの優しい先生がそこにいらっしゃったのです。

 私だったら、寸前の感情想念をそのまま残して相手に接してしまうと思いますが、五井先生には感情想念は全くありません。しかも、さっきはさっき、今は今、とはっきり分けておられるのです。

 「私は切り替えが早いんだ。パッパッと瞬間に切り替えることができるのだ」(『続々如是我聞』179)
 まさにそのとおりだったのです。

 私たちにとって感情想念ほど厄介なものはありません。人にはサッパリ、サバサバした人、いつまでも執念深く根に持つ人といろいろおりますが、誰しも多かれ少なかれある時間、感情想念を掴んでしまいます。

 五井先生は、「掴んだら掴んだでいいから、できるだけ早く掴んだゴミを焼却炉に放り込んでしまうことだ。その焼却炉は世界平和の祈りという大光明で、どんな業も焼き尽くしてしまう。燃えろ燃えろなんて言う必要はない」とおっしゃっております。

 ところで、ある心霊科学者がその著書の中で、「人間」のことを「高性能宇宙機」と表現していましたが、まさに至言です。もともと神であった私たち。地球に下って来てしばらくの間は神の全知全能を発揮していたのです。

自然治癒機能、未来予知機能、危険回避機能、正邪選択機能、真贋識別機能はもちろんのこと、瞬間切替機能も持ち合わせていたのです。神のお造りになった高性能宇宙機なのですから、あらゆる機能を備えているはずです。

ところが地球の粗い波動に馴れきってしまった人類は、次第に肉体そのものが人間であるという錯覚に陥って、今日のような不自由きわまりない、お粗末な人間に成り下がってしまったのです。

 そこで五井先生は、人類が神に立ち返る方法として「消えてゆく姿で世界平和の祈り」という不変の真理、不朽の真理をお説き下さったのです。

 かつて五井先生が直接ご指導下さった錬成会(一泊二日)は年に一度だけ受講できました。その折に、参加者一人一人に「霊性開発手帳」というものを下さいました。私たちは「通信簿」などと呼んでいました。

 神界、霊界、幽界の各界を便宜上各三段階、計九段階に分け、霊位と統一時の座を左の欄に、常時想念の動きを右の欄に設け、それぞれの欄の上限と下限を○でお示しになって、それを線で結んで下さいました。

これは一つの目安であって、卑下しがちな人には少しおまけして下さり、高慢な人には厳しい点がついていたように思いました。

 「常時想念の動き」の註には次のように書かれてありました。
 「常時想念の動きとは、常日頃の心の動きを明示するものである。或る時は幽界の思いを出すこともあろう。

しかし、消えてゆく姿で平和の祈りを瞬時になし得る者は幽界にはいない。思いの座がいかなる所にあろうと消えてゆく姿の実践と祈りに精進すれば、常日頃の想いも統一時の想念の座と一つになるであろう」

 「消えてゆく姿で平和の祈りを瞬時になす」ということは、まさに「瞬間切り替え」そのものです。

五井先生は見事な切り替えのお手本を私にお示し下さいました。五井先生にできたことは、私たちにもできるはずです。なぜならば私たちは毎日欠かさずお祈りをし、印を組んでいます。「我即神也の印」を組む毎に、限りなく神に近づきつつあるからです。











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