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2013年11月19日 (火)

心の持ちよう

 
 
私は今、体調を崩しているのですが(余り詳しくは書きませんがかなりしんどいです)その姿は、家に一緒にいる妻には見せていますが、他の人には、カラ元気であっても気丈に振る舞い、弱味を見せたくはないのです。

それは自分自身だけの問題であり、たとえ

「今、しんどいんだ」 「俺はもうだめかもしれない」 「このまま良くならなかったらどうしよう」 「仕事やめたいな」 と泣き言を言ったところで、相手の人はどうしたらいいかわからず、懸命に適切な慰めの言葉を探すのです。

相手に同情してもらって、気を遣ってもらっても相手には何のメリットもない、それどころかネガティブな気持ちが伝染して

「あんな強かった奴がああなるんだから自分も気をつけないとやばいなぁ」

「あいつ気功をやっているから病気なんてしないと思っていたのに」 (笑)

と思われることくらいのものです。

だったら、うその姿であっても現状の情報など流さず、会っても気丈に振る舞い

「あいつはいつも元気だなぁ」 「俺も元気でいよう」 と思われた方がずっといいのです。

メールでもツイッターでも自分の現状を語る手段はいくらでもあります。

ネガティブな情報もポジティブな情報も、流手の気持ち次第なのです。

自分が何かをやり遂げようとしている

そして今はそのプロセスにあるとする

その経緯を逐一、ツイッターなどで報告する

当然上手くいっていることの方が少なく、ネガティブな気持ちのつぶやきが多くなる、そして愚痴っぽくなってゆく

「おれは苦しいんだ」 「最悪!」 「頑張っているんだ」 「もうだめだ」 「あいつがいるから上手く行かないんだ」 「○○に嫌なことを言われた」 「体調も最悪、この先どうなることやら」・・・・・・無限なる光!

泣き言を書くことでマイナスを吐きだしてスッキリしたつもりだったのに、その言葉は返って来て自分の中にマイナスのエネルギーを植え付けてしまっている。

そして知らず知らずのうちにマイナスのエネルギーを振りまいてしまっているのです。


だから私はどんなことがあっても泣き言は言いたくないし、書きたくないし、見せたくもない

それは一切いいことなんてありやしないから

百害あって一利なしだから

下記の五井先生のお言葉を読んでそう思ったのでした。


 

或る日こういう質問をした人がいた。「先生、何故この世に迷いがあり、悪があり、苦しみがあるのでしょう。神が完全であれば、何故人間を迷わない、苦しまないように造らなかったのでしょう?」この質問はよくされるものであるが、その時、五井先生は次のように答えられた。


「それは心の持ち方ですよ。登山者は山に登る苦しみをへて頂上にたどり着く。その喜びはそれは大変なものです。その場合、苦しみは悪いことだろうか?その人にとってただ単に苦しいことか?あるいは喜びであろうか?楽しみであろうか?


或る人がお酒を止めようと思ってもお酒を止めることが出来なかった。その人はついに病気になってしまった。それが動機となって信仰の道に入り、病気も治るし、お酒ものむなんてコリゴリだと思い、ピタリと止まり、清らかな生活に入っていった。

この場合、この人にとって病気は悪いものでしょうか?その人にとって善なるものでしょうか?その人にとってよかったわけですね。よいからこそ守護霊さんがそう導いたわけです。赤ん坊が最初から大人のように大きかったら、育てる楽しみがなくなってしまいますね。

赤ん坊がだんだん大きく成長して、完全になっていく、というところに人生の妙味があるのだし、よいところがあるのです」

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