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2013年11月10日 (日)

今、大切なことは自分も相手も批判、非難、評価しないこと・・・。

 

実は、自分の心が一番苦しいとき、もがいている時って、必ずと言っていいほど、自分を責めているか、相手の人を責めているときなのです。

責めるとは感情的(特に怒り)になっているのであり、相手のいい加減な態度や理不尽な言動にはつい、怒りたくなってしまうのです。

しかし真理を学んでいる私は、そうなっている心理状態は、本当の私ではなく、業想念というマイナスのエネルギーの渦の中に入っているだけであると気づくのです。

だがしかし、わかってはいるのだけれど、またついつい相手の姿を見て腹を立ててしまい

「自分はまだまだなぁ」 と軽い自己嫌悪に陥るのです。

この繰り返しを何度もやっているとほとほと嫌になり、私の最終目的である、「何があっても不動心」 はいつになれば達成できるのか?とも思ってしまう。

感情を完全に超えることは、自分を含めて肉体人間に果して、出来るのであろうか?

肉体を纏っている以上は、ある程度は致し方ないのか?

とつい妥協しそうになるのですが

ここが一番肝心なのです。

一切のマイナスを見てはいけないのです。

プラスのみに意識を合わせ

自分の相手の神性なる部分のみを見て日常生活を送ってゆくのです。

そうすれば自分のそして相手の素晴らしい部分(神性・神の子)だけが顕われて来る。

今まで人類はそれをしてこなかった、感情のおもむくままに、感情を露わにし、自分の、そして相手の欠点ばかりを探していた

そして、批判、非難、評価ばかりをしてきたのです。

いまこそ、自分の意識改革のときなのです。

自分が率先して意識改革をすれば、まず自分の苦しみから解放されるのです。

自分や人を責めることがなくなったときって、どんなに素晴らしいでしょう。

自由自在心です。

心に把われが無くなるのです。

きっと心の中に天国が顕われるのだと思うのです。

私はその時期は、もうそこまでやって来ていると確信するのです。

 

西園寺昌美 著「真理の法則」から・・・(あらゆる事柄の中に、優れた部分を

見出してゆく) 人類一人一人は今こそ心して自らを鍛え、真理の学びの場に自らを導く方向へと心を転換してゆかねばなりません。

人類一人一人が、いかなることがあっても決して他を批判し、裁かなくなった時、そしてそれを赦し、愛や慈しみに昇華してゆく時、そこに初めて平和が訪れるのです。


今現在、自分がどのような状況、環境の場にあろうとも、あらゆる事柄の中に優れた部分のみを見出し、そこにのみ注意を向け、そこにのみ意識を集中してゆくことです。

そして一切の不平不満、非難、批判、裁きを控えるのです。それだけでよいのです。それのみでよいのです。

そのことが徐々に出来るようになることによって、また出来たという達成感によって、初めて自らが自らを畏敬の念をもって見ることが出来るのです。

自分の意識の中に根深くはびこっていた不遜の念や不可能な想いや軽蔑する心は、そういった毎日の一歩一歩の光明思想の実践により、知らないうちに徐々に消え去っていってしまうものです。

なぜ自分の心に人を軽蔑したり、批判したり、裁くような想いが芽生えるのでしょうか。そのことに特に光をあててみれば、自ずと自分のことが判断できるはずです。劣等感の裏の優越感を・・・・。

人類すべてが、尊敬と讃美と感謝の言葉、想念、行為で世界を充たしてゆくならば、世界はすぐにも平和になってゆくのであります。
 
 

世界人類が平和でありますように ☆
 
 

May Peace Prevail On Earth ☆




 




 

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