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2013年11月21日 (木)

大学に落ちただとかそんなことあまり大したことではない。






だから子どもの天命でも、どこにあるかわからない。 大学入試を落ちたために偉いお坊さんになるかもしれない。 高等学校に行かなかったために、素晴らしい発明家になるかもしれない。 神様のみ心というものは、どういうところに現われるかわからないんですよ。

だから現われてきた、目先の喜怒哀楽、目先の出世だとか、学校に入った入らない、そんなことはあまり大したことではない。

一番大したことは何かというと、しっかりと神様につながっていること。

どんな悪いことが出ても、ああこれは消えてゆく姿だ、私の本当の姿がこれによって現われてくるんだ、ああこれも消えてゆく姿なんだ、これで本当の姿が現われてくるんだ、というように、いつもいつも明るい希望、灯をこの中で、自分の中で照してることです。

いつもいつも自分が光輝かなければダメだ。 光り輝くのは明るい心です。

楽天的な大希望ですよ。 大きな希望を持ち、楽天的な気持ちを持つ。 これが人間が立派になるための易しい方法です。

暗い心があるならば、陰気な淋しい想いがあるならば、神様! ってすがりなさいよ。

ああ神様は愛なんだ、神様が私を悪くすることはない、とそう思うのです。

私は世界平和の祈りも何もない時に生まれて来た。 それで私は何をしたかというと、私は 「神様! 神様!」 って言ったんですよ。 神様有難うございます、神様有難うございます、神様有難うございます、神様有難うございます、朝から晩まで、神様有難うございます、だったの私は。

「どうぞみ心のままになさし給え。 どうぞ神様のいいように私をお使いください」 それだけだったの。

そうしたら神様は 「よーし使ってやる」 ということになったのでしょう。 それはハッキリ私に聞こえたわけだね。

それからいろんな苦労もしたけれども、ついに今みたいになった。 だから皆さんも、神様は愛であることを信じなさい。 絶対なる! 信ずる通りに汝になれ、というのは本当なの。 ただ信じればいいんです。

     「自分も光る人類も光る」 五井昌久 白光出版




 

 

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