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2013年11月 6日 (水)

人間は神の子なのです。

   

私は感情のコントロールが出来なくなった時に一番、しんどくなるのです。

だから私が調和波動気功法を続けている一番の要因は、

「自分で自分の感情のコントロールが出来るようになる」 これに尽きるのです。

そして最近私は、こう思うようにしたのです。

私の目の前に現われている人とは、すべて自分の分身、つまり私そのものなのだ。

太陽の光はいろんなものを照らすけど、その元となるのは、太陽一つしかありません。

私たちも、私とあなたというように分かれて、別々の違う人のように見えるけれど、元は神さまから分かれた分霊なのです。

一つの光(神)から分かれているのです。

私たちは、人でも物で動物でも植物、鉱物でも、別のものとして捉えると心が荒(すさ)んでゆくのです。

二元対立が心の壁を作って、愛が薄くなってしまうのです。

私たちが心から感動する時って、合一(ユニティ)したときです。

反対に離反(セパレート)したときには、悲しみの感情が芽生えます。

私たちの目に前に現われる人の中には、腹の立つ人がもちろんいます。

なんでこんなやつを愛さなければいけないのか?

「こんなやつ神の子でもなんでもないや」 って思うこともしばしばです。

でも自分の分身、もっと詳しく言えば、自分の過去世が自分の前に現われていると思えばもっとわかりやすいと思います。

過去世での未熟だった自分が今、成長した自分の前に現われている

「あの時(過去世で)どうしてそんなことしか出来なかったのか?」

「なんでもっと愛深くなれなかったのか?」

そのときの悔しさ、情けなさを見てしまっているのです。

だから腹が立ってくる

腹が立っているのは、相手に対してではなく、 過去世の自分の姿に なのです。


でも過去世の未熟だった自分を見て腹を立ててもしかたがないことですよね。

そんなことに拘らなくてもいい、把われないくてもいい・・・・

自分の中にすべての人は入っています。

宇宙の中に自分が居るのではなく、自分の中に宇宙があるのです。

だから他人はすべて自分の中にあるのです。

他人は自分自身であり、本当の自分は、神の子なので一切の感情も持ち合わせていないのです。

愛(神)そのものの自分が本当の自分なのです。

目の前に現われたもの(感情)は、すべて消えてゆきます。

神を顕わすために消えてゆくのです。

すべてのものは、消えるために現われたのです。

スーッとスムーズに消えてゆくためには、私たちはたたそれを

「消えてゆくんだ」 と ただ見守っているだけでいいのです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この世の中が本当によくなるために、一番邪魔になるものは何か。それは人間の感情です。

好きだ嫌いだ、いやだ、欲しい、嫉ましいなどという想いです。

これは邪魔なんです。 邪魔なんだけど、これがなかったら世の中は成り立たないんです。

むずかしいんですよ。 なけりゃ困るし、あっちゃ邪魔なんですから。

そこで感情の純化といって、感情が浄まってくるということが必要なわけです。

それにはどうするかというと、いっぺん今ある感情というもの ━ 自分の感情、ここに起こる感情、あるいは考える力、思考力、思慮分別、そういうものを一度なくさなきゃならない。

空にしなきゃならない。

そこでまた空が出てくるんです。 それではどうしたら空になるかというと、この感情、この考える力、あるいは憎いとか恨めしいとか思う想い、そういうものは、本心、仏さまの姿、神さまの心とは違うんだ、ということをはっきり認識しなければだめなんです。

仏さまというのは自由自在なものなのです。

自由自在になんでも出来る。

思う通りになる。 なんにも迷うこともない。 叱ることもない。 嫉むこともない。 そういうものが仏さまなんです。

 

人間一人一人は仏さまで神さま

 

人間というものはみんな仏さまなんです。 一人一人そうなんです。

誰も仏さまでないものはいません。 全部仏さまです。 言い換えれば神の子なんですね。

神の子でないものは一人もいない。 神さまから出てきた神の分霊でないものは一人もいない。 全部が神の分霊なんです。

その神の分霊が本当の自分なんであって、怒ったり、嫉んだり、恨んだり、叱ったりいろいろする、そういうものは業想念といって、神さまの子であることを忘れてしまった想いが積もり積もって、癖になり、習慣になって、怒ったり、妬んだりするんです。

そういうことをはっきりと認めなければだめです。

だから今、自分が腹が立って腹が立ってしようがない。

「あのヤロー、帰ったらひっぱたいてやんなきゃ」 と思っている。

その思っている時に ━ 思いながらでいいんですよ。

思いながら 「ああこう思っているのは業のほうの私だなぁ、私は本当は神さまなんだ、ちょっと思えないけど、神さまなんだ」 とやるんですよ。

腹が立っている時なかなかそう思えるもんじゃない。 こんちくしょう! と思った時

「私は神さまの子だ」 なかなか思えないけど、思えなくてもいい。 嘘でもいいんだ。

「神の子だ、と先生が言ったんだから、きっとそうだろう。神の子だ。 こんちくしょう。 神の子だ、こんちくしょう」 と家に帰ってから言いなさいよ。

そんうちに 「こんちくしょうは消えてゆく姿。 こんちくしょうは消えてゆく姿」 とやっているうtに、怒りが直っちゃう。 直らないまでも、だんだんだんだん薄くなってしまいます。

自分のところに出てくる自分の心を不安にする想い、いらだたせる想い、波立たす想い、心臓をパクパクさせる想い、そういう想いはすべて、消えてゆく姿なんです。

消えてゆかないものは一つもないんです。

みんな消えてゆくんです。

腹が立って腹が立っていくらも腹が立って、たくさん積もるように腹が立ってもいいです。

腹が立ったままでいいから

「消えてゆくんだ、消えてゆくんだ、消えてゆくんだ」 と言いながら帰りなさい。

そうすると、消えてゆくんだ思わないで腹の立ちっぱなしで行く人よりは、

「こんなに腹が立っても消えてゆくんだなァ、これは私に本当の心じゃない。 消えてゆくんだ、消えてゆくんだ、消えてゆくんだ」 とやっている人のほうが、業が現われてもわずかです。

「このヤロー」がわずかですんでしまいます。 しまいにはこんなにうすくなっちゃいます。

というようになるんです。 妬み心でも同じです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  「自由解脱への道」 五井昌久 白光出版






 

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