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2013年10月 9日 (水)

平和に暮らすことと、平和に生きることは違うのだ 2

 

五井先生が提唱した “世界人類が平和でありますように” のスローガンは、世界人類が平和に暮らせることではないのです。

世界人類が平和に生きることです。

平和に暮らせることとは、戦争がなく、人種差別がなく、病なく、貧なく、飢餓なく、すべてが充分に調って安定した状態で暮らせることを言います。

だが、世界人類が平和に暮らすことは即、平和に生きられることでしょうか?

否です。 平和に暮らせるということは、あくまでも物質的、表面的に安定した状態を指しています。

平和に生きるということは、精神的、内面的な生き方を指しています。

人類はたとえ平和に暮らせても、人類一人一人の心の中に不平不満がなくならなければ、決して平和には生きられません。

心の中に憎しみ、憤り、悲しみ、怒りがあれば、決して平和には生きられません。

平和に暮らすことは出来ても、平和に生きることは出来ません。

このように平和に暮らすことと、平和に生きることとは、大きな違いがあるのです。

そして多くの人類はみな、世界平和を望み、平和に暮らすことを望んでいますが、それは平和に生きることへの熱望ではありません。

平和に暮らせることへの切望です。

しかし心の何ら平和を望まない生き方よりはまだ積極的な望みと言えるでしょう。

人類の大半は、人類の平和よりも個人の平和、個人の幸せ、個人の成功、個人の繁栄、個人の健康のみを探究しているのです。

世界の平和を望んでいるのはわずかの人々ですが、それさえも世界人類が平和に暮らせることであります。

この平和に生きることこそ、真の個人人類同時成道の道であります。


     「次元上昇」 西園寺昌美 白光出版

 

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コメント


キャロスケさん、コメントありがとうございます。
いろんな神秘的な経験をされているようですね。
アセンションとは、人間が精神的に成熟すること、大人になることだと思っています。
特別なことではないんですよね。
これからも時々コメントくださいね
よろしくお願いします。

はじめまして。アセンションについて戸惑ってここに。2012夏 弥勒菩薩様からメッセージが。
法隆寺横の中宮寺の如意輪観世音菩薩様です。本当は弥勒様です。その後、京都 志明院では肉眼で白龍様を見ました。三輪山の狭井神社の池の龍に水晶玉をお届けしました。
UFOも遠巻きですが見ます。10月1日には鞍馬山でUFO2基とロケット一機を目撃しました。
神社仏閣で祈るのは世界平和と宇宙エネルギーを地球に注いで欲しいということ。
感謝の気持ちを忘れないこと。グッドムーンさんのアセンションを読んでやっと納得しました。
私は神からのメッセージをしっかり受け取っていたんですね。
元々、感受性が強く霊感体質です。アセンションについてネット上で様々書かれていて
宗教っぽいのは嫌だし、肉体が無くなるって死ぬ?とか戸惑ってしまってました。
納得できて良かったです。ありがとうございました<(_ _)>

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