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2013年10月14日 (月)

人々に必要な賛嘆や感嘆の言葉

  

私たちが褒められて嬉しいのは、表面的な感情を喜ばせてくれるからではなく、もっと本質的な奥からの魂の喜びだったのです。

反対にお世辞や、歯の浮いたような褒め言葉は、本心から語っているのではないのですぐにわかりますし、言っている人の人格をうたがいます。

ただ、褒めればいいというものではない。

褒めるというのも難しいものだと思います(笑)

私はその人との関係を良くしようと相手のよいところを探そうとすることがあります。

そしてそれを見つけて言おうとするのですが

それがその人が喜んでくれるとは限りません。

「あなたはこんなところが素晴らしいですね!」

「凄い才能ですね!」

「笑顔が素敵ですね!」

言いたいと思っていても

照れて言えないこともある

言って誤解されることもある

だから無理に言葉にすることはないと思うのです。

言うにはタイミングというものがあります。

考えて言うものではないのです。

ただいつもいつでも褒められるように

その人の良いところを探すことを続けている必要があると思うのです。

そのためにはその人の悪い所(欠点)を見ていては、見つけることが出来ません。

人はどうしても長所よりも短所に目が向きます。

自分にも他人にも・・・・・

人は心から褒めてくれる人が好きなのです。

大好きなのです。

だがしかし他人は褒めてくれるとは限りません。

だからその前に自分で自分を褒めてあげることが大切だと思うのです。

 





 

ここでまた再び同じことを繰り返しましょう。 あなたのたった一言が人を傷つけ、人を怒らせることが出来るならば、またその逆にあなたのたった一言が人を喜ばせ、癒すことも出来るはずです。

人に語ろうとする言葉はすべて自分に語るべくして語る言葉であると、その真理が理解できたならば、何故に人に向って憎々しい言葉や毒々しい言葉、刺(とげ)や針のある言葉を使えるでしょうか。

決して使えるものではありません。 自分そのものに語る言葉は、自分自身を喜ばせるもの、鼓舞するもの、勇気づけるもの、幸せに導いてゆくもの、自分自身が平和になるもの、平安と安らぎ、愛に満たされるものであるに違いないのです。

自分自身を満足させる賛嘆の言葉や感嘆の言葉こそが人々には必要なのです。

なぜ一般の人々は自分自身が人々からほめられたいか、称えられたいか、尊敬されたいか・・・・。

それはかつて自分自身の本心が神そのものであり、その神であった頃の世界、生活を思い出させてくれるからであります。

それらの言葉は、人々の心を喜ばせ、励まし、勇気づけてくれるものです。

その言葉を聞くことによって、かつて自分が神そのものであった頃の真理そのものを思い出してゆくのです。

それは全く自然です。

神そのものの自分は否定的な言葉を聞きたくもないのです。

あなたはここではっきり思い知ることが出来たでありましょう。

自分の語る言葉は、自分の表面意識としては、そして世間の常識としては、相手に向けて語られる言葉であったにせよ、すべては自分自身に向けられ、自分自身に対して語られている言葉であることが判ったと思います。

 
 

           「次元上昇」 西園寺昌美  白光出版



 

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