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2013年10月18日 (金)

自分や他人の悪いところに把われていてはダメなのです

 

自分や他人の悪いところを掴まえて、「自分はダメなやつだ、情けない」 と思ったり、「あんな悪い奴はいない、あんな奴は死んでしまえばいいんだ」

と悪い悪いとずっと思っていると、自分ではどんどん落ち込んで行くし、他人への憎悪はつのっていくばかりです。

そして想ったことは、エネルギーを帯びているのでその通りになってしまう。

自分って人間ってほんとうに悪くてダメな奴ばかりなのでしょうか?

悪くない人もいれば、ダメでない人もいるということなのでしょうか?

それとも時には悪くてダメで、しかしある時には良くて素晴らしい交ざり合ったものなのでしょうか?

性善説と性悪説があるけれど、ほんとうはどっちなのか?

それをほんとうにわかっている人は極僅かなのです。

真実(真理)がわかっていないから人間はさ迷っているのです。

人間は神の子なのか? 悪魔の子なのか?

しかしこのことを議論してもしかたのないことです。

それは神さまがいるのか? いないのか? を議論するのと同じこと

目に見えないものを信じるか信じないのかは、その人の前世(過去世)での経験によります。

前世で神さまを知っている人は、その存在がわかっているのです。

しかし、本当は人間はみんな神の子なんだけれど、ずっとずっとそれがわからずに輪廻転生してきた人は、誰に何を言われても信じられないのです。

グッドムーンはどっちなのか?

私はもちろん、神さまを信じています。

理屈ではなく、いると思っているのです。

それでいいのだと思います。

そして神さまは完全円満です、パーフェクトです。

だってこの無限なる宇宙を創った人?だから完全でないはずがない

・・・・・・

だったら人間は?

人間も同じだと思うのです。

だがしかし、今はその完全が顕われていない

だけど、時を経てきっとその完全(神の子)が顕われて来る

そのことも理屈ではなく、私はそう信じているのです。

信じるのは勝手です(笑)

人に自分の考えを押し付けたり、迷惑をかけなければ

何を思おうとそれは個人の自由です。

だったら黙っていればいいじゃないか?

と言われるかもしれませんが(笑)

そうはいかないのです。

真理を知らない人がたくさんいるのです。

それで不幸でもないのに、勝手に不幸になってしまっている人がいるのです。

マイナスでないのにマイナスを掴んで不幸になっている人もいるのです。

病気や貧乏は消えてゆくものなのに、それを掴んで病気や貧乏になっている人があまりにも多いのです。

真理がわかれば、このようなマイナスの現象は、一瞬のうちに消え去ってしまうのです。

それくらい人間の想い、想念、つまり心は重要なポイントを担っているのです。

心が、想いがすべてのすべてだからです。

想いさえ、心さえ真理を識ってしまえば人間は幸せになれる


完全円満になれる、安心立命できる

人間は今、自分が何者であるかを識る時期に来ているのです。




一番大事なことは、神さまは完全円満である、この世の中は神さましかないんだ、ということ。

人間は神さまの子なんだから、完全円満なんだ、ということです。

間違いなく完全円満なのです。

そういう風に先生いうけれど、戦争になったり、年中争っているのは完全円満じゃないでしょう?

それは想いなんです。 神さまを離れた想いがそこにあって、それが映って現われているだけなんです。

現われている中で、完全円満じゃない不完全なものを把えて、争いの波の中で、いくら良くしようと思ってもだめなんです。

たとえば一家なら一家を見ても、夫を悪い夫と見ていて、いつまでも夫が悪いんだと思っている以上は夫はよくならない。

子供なら子供をよくしようと思って、子供が悪いんだ悪いんだ、と思っている内は子供はよくならない。

何故ならないかというと、自分が悪いのを掴んでいるからです。

袋をかぶせて縛っておいて、袋をぬげぬげというのと同じで、袋を脱げないでしょう。

真っ暗のところで、暗いぞ暗いぞ、と言っていたって明るくなりはしません。

電気をつければ明るくなります。

つまり明るい方ばかり見なければいけないんです。

だから夫なら夫の悪いものを掴んでいたら、絶対に夫はよくならない。

妻なら妻の悪いものを掴んでいたら絶対によくならない。

病気を掴んでいればよくならない。

なんでも掴んだらよくならない。 つかんだらだめなんです。

何故だめかというと、つかんだら離せないからです。

金が欲しい時に、金、金、金と金の想いばっかりつかんだらだめです。

金のほうで逃げます。

なぜかというとそれは恐怖だからね。 完全円満を認めてないんだから。


 


信仰もここまでくれば

 

神さまの完全を認めている人は、仮に40度の熱が出たって平気です。

そんなの問題にしません。 何故問題にしないかというと、完全円満ということを知っているから。

40度の熱が出てもそれは消えてゆく姿と思って恐れない。 消えるに決まっているからからね。

病気を怖がって、ああ病気だどうしようどうしようと思う人と、ああ病気なんか消えてゆく姿、私は完全円満(神の子)だから間もなく消えてゆく、神さまありがとうございます、そういうように思える人と、どっちが得でしょう。

どっちが幸せかといったら、病気なんか平気のほうが幸せですね。

同じ貧乏の人でも、神さまを知らないで、ああ貧乏でどうなるのだろう、家中みんな飢え死しちゃうんじゃないか、一家心中でもしなければならないか、と思っておびえている人と、ああ神さまは愛なんだら、神さまは完全円満なんだから、絶対に自分たちは一家心中なんてなることはない、飢え死にすることは絶対にないと思って、のん気に歌を歌って暮らしている人と、どっちが幸せかというと、心の平和のほうが幸せでしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   「素直な心」 五井昌久 白光出版

 

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