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2013年10月11日 (金)

私たちは今、騒々しい中を生きている

 

私たちが住んでいる 地球という “場所” とはいったいどんなエネルギーが流れているんだろう?

エネルギー、雰囲気、波動、空気、磁場、影響力のあるところ・・・・その場を表わすにはいろんな言葉が使われますが目にはみえないので、自分の居る所がどんなエネルギー体になっているのかはわかりにくいのです。

そしてそのエネルギーは場所を変えることでもどんどん変わっていきます。

先ほどの場所は、静かで波動も良かったのに、この場所はなにか居心地が悪い、気持ちがイライラしてくる・・・・・

このようにして私たちは目にはみえないエネルギーの中で暮らしているのです。

先日書いた日記の中の 「答は自分の内に 2」(9月30日投稿)で、 西園寺里香さんが今のエネルギー環境の状態を 「騒々しい」 と書かれていました。

そうなんです、この 「騒々しい」 状態が今の私たちを取り巻く環境なのです。

例えば、秋の夜長に静かに本を読みたいなと思っているとします。

ところがお隣から騒々しいロックの音楽が流れてくる

「気にしないでおこう」 「本に集中しよう」 としてもその騒々しい音は耳にこびりついて来る。

そして 「耳栓をして音が入らないようにしよう」 としても今度はその僅かな音にも敏感になってしまうのです。

そうなっては場所を変えなければ気持ちが落ち着きません。

しかし場所を変えたところで、また違う騒々しさに出会うことになるのです。

こうなったらイタチごっこですね。

自分がどんな環境にいようと不動心でいられるようにならないと

または、まったく鈍感な人になってしまうかにならないと解決しないのです。

これは人間関係でもまったく同じです。

よく職場の環境を他人(ひと)のせいにする人がいますが、不平不満を言う人はどこに行っても愚痴を言っているのです。

でも、私たちを取り巻く環境は確かに騒々しいです。

マイナスの想念波動で溢れかえっています。

感謝をしている人より、不平不満、愚痴、人の悪口、誹謗、中傷を言っている人の方がずっと多いのです。

だから益々、取り巻く環境は騒々しくなる

五感にはわからない、音には聞こえないけれどざわざわしたエネルギーが充満しているのです。

だから少々の感動する出来事や、嬉しいメール、小さな幸せ、期待していなかったサプライズ、楽しいこと・・・・これらのプラスの現象もすぐに消え、忘れ去っていきます。

「さっき嬉しいことがあったはずなんだけど、なんだったかな?」

と思い出そうとしても

幸せをプレイバックしたい、蘇らせたいと思ってもマイナスが強くて忘れてしまうのです。(何か損をした気持ちになりますよね)

今は、プラスよりもマイナスが勝っている

プラスのエネルギーよりもマイナスのエネルギーの方が強いのです。 無限なる光!

それが 「騒々しい」 という言葉でうまく表現されています。

私たちの外は確かに騒々しいです。

耳をふさぎたくなるような、そして重苦しい雰囲気が漂っています。(どこか遠くへ行ってしまいたいような衝動に駆られます)

だがしかし、私たちの内(心の中)まで騒々しくしてはいけないのです。

それは

心の中は “聖域” だからです。

誰にも犯されない、誰も入っては来れない

神さまでさえも 個人個人の聖域には立ち入ることは出来ない

許されない場所なのです。

その  “聖域” を地獄にするか天国にするかは日頃の想念にもかかっているのですが、自分が自分の聖域を

「このような場所にしたい」 と思えばその通りになるのです。

しかし、自分ではそのような騒々しい場所にしたくないと思っていても

「現実は違うじゃないか」

「俺(私)は静かな場所がいいのにどうしてそうなっているんだ」

とおっしゃるかもしれません。

しかしそれは、自分の中に騒々しくてもしかたがないという隙を作ってしまったのです。

聖域を守るガードが弱かったので、やすやすと入り込まれてしまったのです。

または、騒々しいのもたまには悪くないという気持ちがあったのかもしれません。

だがしかし、もうそんな中途半端な気持ちでは自分(個人)も人類を立ちゆかないところまできているのです。

自分の 聖域を創ることです。

自分だけの世界を創ることです。

自分が創った世界は、周りが調和し平和であり、愛に溢れています。

すると、自分が変わると周りはいつの間にか変わっていることに気づくのです。

自分が先です。

他の人は放っておけばいいのです。

自分だけが立派になればそれでいいのです。

他の人も一緒になんてやさしいことを考えなくても、想わなくてもいいのです。

人はあなたによって感化されてゆくのです。

自分が立派になれば、他人も立派になってゆく

自分が幸せになれば 周りも幸せになってゆく

自分を愛せば 他人も愛せるようになってゆく

それが真理なのです。

そして 自分の中の “聖域” “神域” を創ってゆくメソッドが

世界平和の祈りであり、印を組むことであるのです。

 



「無限なる癒し」 于寿明 星湖舎

「無限次元への誘い」 于寿明 星湖舎

「無限なる幸せを体得する方法」 于寿明 星湖舎

「無限なる勇気」 于寿明 星湖舎



 

 

 

 

 

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