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2013年10月 2日 (水)

真のリーダーに求められること



  
私は、同級生を交えた交流会(飲み会)を結構頻繁に行っている(主催している)のですが、誰でも呼ぶというのではなくやはり人選をしています。(ほんとうは誰でもが参加できる場にしたいのですが)

そこで、誘うのを止める人とは
 

1.酔うと絡んでくる人(酒癖が悪い)

2.下ネタばかりを言う人(女性が嫌がる)

3.言葉が荒くその場の雰囲気を悪くする人(調和がとれない)

4.暗い人(つまらなそうな顔をする人)

5.その場にそぐわないと思われる人(直感で決めています)

などです。

私は8人くらいで一つの話題を共有出来るくらいの人数が好きなのですが、その中に上記の条件の人がいるとほとんど台無しになります。(エネルギーがサラサラと流れないから)

終った後で

「ああ楽しかったなぁ」

にはならないのです。

しかし、中にはストレスを一杯溜めて、その場(飲み会)で発散させようとして参加する人も確かにいると思うのです。(意識的ではないかもしれません)

その場で喧嘩が始まったり、雰囲気が悪くなったりするのはいけませんが、その人の話にちゃんと耳を傾けて、スッキリさせてあげるのも幹事(リーダー)の役割なのではないのか?

とふと思ったのは、下記の文章を読んだからです。

その文章の中に

「不満などの感情を歓迎し」 とあったのです。

普通は他人の不満(マイナスのエネルギー)などを受けるのはご免こうむりたいものです。

人の不平不満、愚痴を聞くことほど嫌なことはありません。

しかしその人は、言わずにはいられない、持ったままでは我慢したままでは、消えたわけではないのでそれはいつかはマグマのように爆発(噴火)するのです。

話すとは、放すという意味で話すことでエネルギーを出し、その人なりに波動調整をしているのです。

そうやって自分をなんとか保っているのです。

放さず(話さず)にいるとその場では起こらなくても(怒らなくても)場所を代えて爆発するのです。

だったらこの場(飲み会)で、小さくしたり、消してあげることはできないものか?(浄化ですね)

それが、自分には出来ないのか?

そう思ったのでした。

世界平和の祈りを祈っていると、そこがどんな場であってもそこには滝のような光のシャワーが流れるのです。

人の持っているストレス、不平不満、病気のような症状、ひっかかってる何かが

なんだかしらない間に

さわやかな気分になるのです。(それが楽しい場であるということです)

祈り、印にはそれほど凄い、素晴らしいパワーが宿っているのです。

気の合った者ばかりの集まりは集まりとして大切に育てながら

また違った飲み会(交流会)をしていきたいと思ったのでした。


そしてそこが過去の思い出話だけではなく未来の希望について語り合える場になれば最高ですよね。

そのために私は、マイナスを掴まずに  “
常に光(プラス)を掴み、発信しつづける人” になるんだと誓ったのでした。

 
 

西園寺由佳さんの手記より



8月にアメリカで “リーダーシップ” をテーマにした合宿が行われました。

・・・・・・・・・・・・・・そこには性別、年齢、国籍が異なる多様なメンバーが12名集まり、リーダーシップというテーマを元に、対話を通して学ぶ機会が与えられ、いろいろなことを学ばせていただきました。

・・・・・・・・・・・また主催者の一人はスケープゴートについて研究する年配の精神科医でした。

スケープゴートとは、生け贄(いけにえ)とか、身代わりという意味だそうですが、集団の中である人が不満や不快感を抱くと、集団の中の他の誰かがその不快感を押しつけられたり、こうむったりすることもすることもスケープゴートと呼ぶそうです。

そのため、今回の集まりにおける対話の中で、個々の不快感や不満がどのように表現され、出されているかも、主催者側では意識しながら見つめながら進行していきました。

この合宿で学ぶことは多かったのですが、その中でも大きな学びの一つが、このスケープゴートという意識でした。

ある集団の中で対話が行われていて、一人あるいは数人に不快感や不満が湧いてきた場合、その不満を集団内の対話の中でどれだけ出せる状況をつくれるかが、とても大切な鍵となります。

その環境がつくられていないと、個人は集団を離れて、その集団の外で不満を言い始めます。

集団の外で悪口や不満大会が始まってしまうのです。

だからこそ、リーダーシップを取る人は、そういう見えない心の状態や、特に不満などの感情を歓迎し、どれだけ集団の中で話せる環境をつくれるかが大切であると意見が出ました。

また、ルワンダで大量虐殺が再び起こるのではないかという不安をずっと抱えながら閣僚会議に参加している女性は、何よりも希望がすべてだという話をしていました。

希望があれば、人は動き、前を向いて生きていける。

その希望をどれだけ与えられるかがリーダーなのだと。

それはまさしく昌美先生がいつもおっしゃっている、リーダーとは常に光を掴み、発信しつづける人だということを思い出させてくれました。

個人の中にある闇をどれだけ引き出し、その場で出せるか。

また、その後はどれだけの希望と光を信じ、進めていけるかということが求められるのが、リーダーであるということを、この合宿で強く感じました。

“リーダーのリーダーのリーダー” とは何かを考えながら、この合宿に参加しましたが、

“世界人類が平和でありますように” という祈りが常に心の中に響きつづけていること・・・・・・・というとてもシンプルなことが一番重要であるように思いました。



   世界人類が平和でありますように



          

 

              白光誌 10月号より



 

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