« 宇宙法則に乗る | トップページ | 調和波動気功法セミナーのお知らせ »

2013年9月11日 (水)

死について

 


今、みんなが知りたいことは、死について、死後の世界について詳しくわかりたいと思っていると思うのです。

自分がどこから来て、どこへ行こうとしているのか?

その根本のこと(原理原則)、肝心なことがわかっていないから、なんとなく生きてしまっているのです。

自分を誤魔化しながら、人をだましながら

「自分の知る世の中なんてこんなもんさ」 と、な~んにもわかっていないのに、一端にわかったつもりでいる。

そして積極的にわかろうとする人も少ない。 無限なる可能性!

だから、進化した宇宙人(天使)たちに

「幼い兄弟たち」 と評されているのです。(バカにされているのではありません精神的に幼いという意味)

宇宙全体のことがわかると肉体人間の死がどれだけ部分的なものか、取るに足らないものであるのかがわかるのです。(おおげさに悲しむものではないということです)

ミクロの世界(肉体界)を生きるには、マクロ(宇宙)が観えなければ、知らなければ、うまく生きてはいけないのです。

この世でもあの世でも安心立命して、不動心では生きられないのです。

今、私たちは死を、宇宙を、そして真理を正しく知る時期に来ていると思うのです。




個人が病気になって死ぬとか、自動車に轢かれて死ぬとかいう場合と、戦争の犠牲になって死んでゆく場合、或いは集団で災害にあって死んでゆく場合とか国家の犠牲になって死んでゆくような場合とがありますが、どういう違いがありますか?
 

個人で死ぬ場合には、個人の波だけで死ぬんですけれど、国家的、集団的な、たとえば大地震にあって死んだとか、戦争で死んだとかありますね。

たとえば長崎に原爆が落ちて皆死んだというのは、個人の業を含めて、国の業を消してゆくわけなんです。

そうすると罪一等を減じられて、業がズッと減って、たとえば個人で死んだら下の段階に行くのが、上にゆくんですよ。 そういうことになっている。

守護霊がそういうふうにしたほうがいい、と思うと、守護霊がそこに集める。

長崎で原爆にやられなくても、個人的にその人が死ぬ運命にあるわけネ。

病気なら病気で死ぬ運命にあるんです。

だけど同じ死ぬなら、罪一等を減じられたほうがいいと、そこに集められて、個人の業と国家の業を一緒にして消してゆくのです。

だから国のために死んだとか、国の犠牲になって死んだとかいうのは、個人的に死ぬよりは、ズッと霊界の地位はよくなるんです。 そういうもんなんですよ。

特攻隊の人が死んでゆくでしょう。 あれなんか本当に国に捧げています。

中には嫌だなァと思っていった人もあります。

そうするとその人は神界にはいかないんです。 いっぺんそういう想いの世界にゆくけれど、やはり国家のために死んだから、しばらく幽界で浄められてゆくと、パッと上にあがります。

だから死に方にも二段階も三段階もあります。

亡くなる時には、ゆうゆうと神さまに感謝して、世界平和の祈りを祈りながら亡くなれば、その人は悪い所には絶対いかないですよ。

世界平和の祈りはこの世に生きていて役に立つし、死んでからも役に立つんです。

それは何かというと、世界人類という、大きな絶対界と同じようなものでしょ、地球としては絶対界と同じような想いで死んでゆくんだから。

「コトバは即ち神なりき」 というのは、想いもそうなんですよ。

ことばというのは想いなんですから、光がことばで、光から想いになって、想いが言葉になるんです。

想いは言葉なんです。 話す言葉もことばです。

だから姦淫しようと思えば姦淫したと同じだ、とイエスがいいますね。

思ったことはみんな現われてくるんです。

ことばは即ち創造主なんだね。 そこで悪い想いをした時には、その想いはすぐ世界平和の祈りの中に入れて消してしまいなさい。

消えてゆく姿だなァと思って、祈りにかえてしまいなさい、と私はいうわけです。

悪いものをしなまま認めていますと、潜在意識に入って現われてくる。

だからあのヤロウ、嫌な奴だな、やっつけてやろうかな、と思った時に、そのまま思ったままでいると、いつかやっつけることになるんですよ。

その時やっつけなくても、どこかでやっつける。 そうすると自分がやられるわけ。

思った時には、これはいけないな、消えてゆく姿だな、世界人類が平和でありますように、その人の天命がまっとうされますように、とやると消えちゃって、あべこべに光が入ってくる。

いつでも私たちの教えは、煩悩即菩提といって、悪い想いが出た時にすぐに光にかえる祈りをするわけね。

それを年中やっていれば、いつの間にか自分が光一元になってくるから、いいことをやろうとか、やるまいではなくて、自然にいいことをするようになっちゃうんですよ。

だから、世界平和の祈りを一度でもやって、こういう会に入ってやる習慣がついていることは、皆さんもう大変な得なんですよ。

こんなに易しくて、すぐ心が明るくなるような教えというのは、他にないんですよ。

みないじめられるんですよ。 お前の心を直して出直せ、ということになるでしょう。

大概そうなるわけ。

出直したんでは間に合わないから、出直さないでやらせようというのが私の教え。







        「質問ありませんか?」 五井昌久 白光出版




 

 


« 宇宙法則に乗る | トップページ | 調和波動気功法セミナーのお知らせ »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/53223130

この記事へのトラックバック一覧です: 死について:

« 宇宙法則に乗る | トップページ | 調和波動気功法セミナーのお知らせ »

最近のトラックバック

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ