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2013年9月16日 (月)

あなたは自分が好きですか?愛せていますか? 2


  
 誤解と錯覚のために人生を無駄にしていないか
 

ここでモーパッサンの意図としては、女の内に潜んでいる虚栄心とか見栄の醜さ、いやらしさをいやというほど描きたかったのに違いありません。もし彼女がその時貧しい夫から新しい洋服を買ってもらった唯そのことだけに満足し、感謝してさえいれば、こんなにみじめて耐えられないほどの不幸な一生を辿ることはなかった筈です。

だが彼女は新しい服にもう一つ自分をさらに美しく飾りたてる宝石が欲しいと願った、その時から二人の人生は全く予期しない暗い道へと転落していったのです。

モーパッサンは、誰の心の中にも潜む心の弱さと同時に、この虚栄心のもつ破壊力のすごさを表現したのだと、以前の私はそう理解していました。

しかし今の私の感じ方は昔とは少し違ってきています。

私がこの作品で把えたのは、誰しもが簡単に陥ってしまう誤解と錯覚というテーマです。

金持ちの女友達が宝石を彼女の前にとり出し、どれでもよいからあなたの好きなものを持っていってよいといった時、彼女はダイヤモンドの首飾りを手にしました。

その時、彼女の頭の中には、あの金持ちの女友達がまさか偽りの宝石を自分の前に出してくれたのだとは、思いもよらなかったのです。

考えも及ばないのです。

頭から本物であると誤解してしまっていたのです。

本物に違いないと錯覚を起こしてしまっていたのです。

このように事実とは全く違ったように見たり聞いたり、感じたり思い込んだりしてしまうことによって、引き起こされる不幸なことは実にこの世には多いものです。

読者の皆様方も誰しもが一度や二度は誤解や錯覚による過ちを犯してしまったり、感情を害したり害されたりしてしまった経験をお持ちになっているに違いありません。

蜃気楼もまた錯覚の一種です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

我々はこのようにして我々の尊い一生を、誤解と錯覚のために無駄に送ってしまっているのです。

自分の中にすでに内在している輝かしい全知全能なるものを見ようとせず、蜃気楼のようにそれを、外にはるか遠くのほうに自分の欲するものが存在すると信じ込み、追い求めようとしているのです。

それがそもそもの錯覚なのです。

自分の不幸や苦しみを他のもので癒せるとそう思い込んでいる錯覚。

また神に願いごとをかなえてもらったり、病気を治してもらったり、自分の欲することは何でもきいてもらえると信じ込んでいる錯覚。

また自分の前に起こってくるあらゆる不幸や災難、苦しみや悲しみなどの一切を自分の責任だとは認めずに、すべては他人のせいだと思い込んでいる錯覚です。

またこの世は名声や栄誉、お金や権力が絶対と思い込んでいる誤解、一流校を出なければ一流人でないと思い込んでいる錯覚。

神に仕える人や聖職についている人が清き立派な人と信じきっている誤解。

このようにして例をあげればきりがないほど我々一人一人の心の中に、さまざまな誤解に惑わされ、あらゆる錯覚に陥った生活を、自然とまわりから強いられて生きているのです。

人類全体がここで一気に真理に目覚めない限りこの生き方はさらに、子から孫へ孫から曾孫へと永遠に続いてゆくことでしょう。



           「果因説」 西園寺昌美 白光出版




 

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