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2013年9月21日 (土)

地上天国は成るに決まっている 2


いくら押したって、突いたって、何にもならない。

片方は宇宙大に拡がっちゃっているから、みんな吸収しちゃうわけです。

そして天地一体になって、宇宙一杯に拡がっちゃうわけですから。

宇宙一杯に拡がるというのは、想いがない、ということなんです。

この世は相対的でしょ。

陰陽に分かれて相対的です。

この地球界はその相対がさらに細かい相対に分かれたわけです。

それが元の相対、イザナギ、イザナミの昔に還ると二つだけです。

それをもっと昔に還れば大神様一つになるでしょ。

それと同じように、地球界において要するに絶対者になれるわけです。

それは全部想いをなくしてしまう。

空になってしまう。

神様の中に入れてしまうということです。

植芝先生はそれが出来たんです。

だから相手がかかってきた時に、後ろを向いていたって、どこを向いていたって同じことです。

私がこうやっていて、向こうから誰が来ても 「ああ誰が来た」 とわかります。 後ろも前もありゃしない。

遠くのほうにいるタロベエさんはどんな人か、わかっちゃうでしょう。

アメリカにいる人のことを見るのに、目で見ているわけじゃない。

何も見ていない。 それからあなたの後ろについている人は、こういう人だ、とすぐにわかります。

何故わかるかというと、宇宙全体に拡がるという意味と同じなんです。

時間、空間がなくなってしまう。 それはどういうことかというと、元の世界に還っているということです。

神様の中に入っている。 神道的に言えば天御中主大神の中に入っているわけですね。

大神様の中に入ってしまうわけです。

大神様からいろいろ分かれた神々があります。 神々があって、要するに金星の長老のように、地球界の救済のためにいろんな聖者を送っている元締めがいます。

その元締めと、この地球界で働いている人と差があるか、というとないんです。

差があるようでないんです。

金星の長老と五井先生とには差があるかというと、ないんです。

同じものなんです。

金星の長老と大神様と違うかというと、同じものなのです。 わかりますね。

難しいみたいだけれど、難しくないですよ。

五井先生と斎藤さんと違うか、といったら違わない。

斎藤さんとあなた方が違うかといったら違わない。 全く違わない。 みんな神々なんです。

これが真理なんですよ。

神々というものはそういうものなんです。 私とあなた方と違いやしない。

一つも違わない。 違うのは何かというと、想いだけなんです。

想いが勝手に 「違う」 と思っているんです。

その想いを全部、世界平和の祈りの中へ投げ出してしまえば、同じになってしまいます。

全部、五井先生になっちゃう。 全部、金星の長老になっちゃう。

全部、天之御中主大神になるんです。 それが神道の極意なんです。

それを私が一生懸命説くわけです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

  
     
 「神様にまかせきる」 五井昌久 白光出版





 

 

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