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2013年9月27日 (金)

自分はいったい何者なのか? 3

 
 

人間は崇高なる存在

 

人間が本当に識らなければならないことは、自分の本性に対して畏敬の念をもたねばならない、そのことなのであります。

人間は決して弱きものでもなく、不完全なるものでもありません。

人間は完全にして完璧なものであるという認識をもって、自分自身を見つめ直していかなければなりません。

初めから自分自身に対して畏敬の念をもって接するのです。

自分の中にいかに不完全さが存在しようと決してそれを認めず、自らの本性、輝いた神そのものを認識し見つめてゆくべきものなのです。

人間の多くは、業生のみの己を見つめ、決して本心の自分、輝いた自分、神そのものの自分、完全円満なる自分を認識する眼をもってはいません。

まず自分自身を尊敬し、愛し、そして自分自身を畏敬の念をもって認めてゆくことから始めるのです。

“我即神也” このたった四文字の中にすべての真理が含まれ、人間そのものが言い尽されているのであります。

自分が神なら “人類即神也”、人もまた神です。

人間即神そのものなのです。

自分自身に畏敬の念をもって接すると同時に、すべての人間に対して畏敬の念をもって接していかなければならないのです。

人間そのものは、宇宙の神性の現われであり、宇宙神の働きを現わすために存在しているのです。

宇宙と地球の大調和のため、大進化のための素晴らしい働きを担っているのです。

人間本来、誰もが持っている直観力をますます磨き高め上げ、宇宙の神霊と交流しつつ自らの意識を高め、宇宙神そのものの存在を自らの上に完全に開示していかねばならないのです。

直観力は、知識や学問からはなかなか得られるものではありません。

直観力は宇宙意識に自らを託すことによって得られてゆくものです。

人間は実に崇高なる存在です。

宇宙神そのものの偉大なる働きを共に担って生きていく天命があるからです。


 
 

      「次元上昇」 西園寺昌美 白光出版

 

                       

 

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