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2013年9月30日 (月)

答は自分の内に 3




私の生命 神の生命

 

では、なぜ祈らないとそれを忘れてしまうのでしょうか。

なぜ印や呼吸法を行わないと思い出せないのでしょうか。

それはきっと、まだ私たちが住んでいる世界が騒々しいからです。

騒々しい環境の中で物事を見ているのです。

きっと過去の自分、物質世界という限定された想いの中で生きていると、本来の自分を見失ってしまうのです。

祈りや印やマンダラに集中している時、私たちの心は静まり、本来の自分の姿にようやく気づくことが出来るのです。

私たちは何度もこれを経験しています。

それが本来の自分の姿、神の生命であるということに気づいているのです。

その私たちが他を見た時、愛深い人になろうと思わなくとも、もうすでに愛深い存在であります。

その私たちが大自然に触れた時に、感謝しようとあえて想わなくても感謝しています。

そこには神そのもの、愛そのものの自分しかないからです。

ですから、私たちは過去を手放さなければなりません。

過去は忘れなければなりません。

昌美先生は先月号のご法話の中で

「いい行ないをし、いい言葉を世界に放つことに比べたら、過去にしてしまったことは、水蒸気の一滴にも値しないほど微々たる否定的なカスです」

と述べておられます。

過去を掴むのは簡単です。

習慣になっているので、努力せずとも簡単に過去のことは出てくるからです。

でも努力が必要であっても光明思想に徹し、本来の神そのものの自分を内に見つけなければならないのです。

そうしなければ、鍵はいつになっても見つからないのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

            

                     
西園寺里香さん





 

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