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2013年9月23日 (月)

真理の探究 1

 
 
一生懸命に仕事をすることは当たり前、家庭を持ったとしたら、家族を大切にして子育てをちゃんとしていくのも当たり前、そして自分や自分の家族だけではなく地域や日本や、世界、地球のことを考えることも当たり前

しかし人間として当たり前のこと普通のことをやっている、それだけでは、人間の本心を満足させて、生き生きと生きてゆくことは出来ないのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは、本質的なこと、基本的なこと、原理原則的なこと、つまり原点がわかっていないから

原点がわかっていないと足が地に着かないのです。

今起っていることはすべて原点から発しているので

目の前に起きていることの意味(原因)がわかないので右往左往してしまうのです。

貧乏になれば不安になり、失業すれば落ち込み、病気になれば動揺し、人間関係がまずくなれば仕事をするのが嫌になる、悪口を言われれば怒り狂う、相手を責め、自分を責め、精神が休まる暇もない、生きていることに疲れてしまう

当たり前にやっていたことがいったいどんな意味があるのか、ちょっとしたことでもろくも根底から崩れ去ってしまう。

それくらいメンタル(精神的なこと)は大切だと思うのです。

目に見えることって、目にみえない精神が土台になって成り立っているのです。

人間もそうです。

心が主で、心に肉体という物質が纏っているのです。

だから心が安定していないと、心が真理(本当のこと、目にみえないこと)をわかっていないと真っ暗な中を明かりを灯さないで歩いているようなものなのです。

真っ暗なので今自分がどこにいるのかわからない

どれくらい歩けば、明かりが見えてくるのかもわからない

どこから来てどこへ行こうとしているのかもわからない

今、自分がここで倒れて死んでしまったら、死後どうなるのかもわからない

まっくらなので、みんな自分のことで精一杯で人を助けるような余裕もない

それにも増して、自分は何者でなんのために生まれてきたのかもわからない

??????????

疑問だらけ、謎だらけでただ人と同じようなことをしていれば

取りあえずは安心だ

それで本当にいいのでしょうか?

ただ朝起きて、会社(学校)に行って、会社のために働き、家族の為に働き、自分のささやかな趣味に唯一の楽しみを見出し、子どもを成人させ、社会に送り出し、孫が生まれて、孫の成長だけが楽しみになり、やがて年老いて死んでゆく

それだけで本当にいいのでしょうか?

なにもわからないまま肉体を去っていいのでしょうか?

そんな刹那的な、張り合いのない、歯応えのない生き方で生きているといえるのでしょうか?

私は真剣に生きている人は、決してそこで満足していないと思うのです。

「これではいけない、自分はなんにもわかちゃいない」

「なんとかしなければいけないんだ」

「このまま死んではいけないんだ」

と心の叫びを感じているはずなのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私がこのブログを書いているのは

そう感じている人、一生懸命に生きている人に対しての

メッセージなのです。

私は、「神と人間」 (五井昌久著 白光出版 )を読んで、そのメッセージを受け取ったのです。

真理の追究、探究をしなければ

“人間として生きている意味がないんだ”

なぜ真理が必要なのか?

なぜ真理を識らなければ人間は成長(進化)できないのか?

そのことがわかる文章を「神と人間」の はしがき から抜粋します。

よかったらお付き合いください。



 

 

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