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2013年8月 8日 (木)

身につまされます

 
いつも送ってもらっている 「今日のおたより」 というメールを読んで、ハッとし、確かに自分にはそういうところがあると感じました。後で私の感想を述べますのでお付き合いください。


ある年の博士の来日中、
いっしよに明治神宮の菖蒲園に行ったことがある。
菖蒲の花たちはいろんな種類の紫色を輝かせながら池の中でまっすぐに立っていた。
わたしたちはできるだけゆっくりと、何も言わずに池のまわりを歩いた。その時期だけに咲く菖蒲を見るために、道は多くの人たちで埋め尽くされていた。
わたしたちは、先ほどから後ろにいた長い列の一行が先に行くのを少し待つことにした。その列の中を歩くひとりのおばあさんがわたしの目に入ってきた。彼女は腰がとても曲がっている。小さなからだで一生懸命、列についていこうとしていた。そして次に、彼女のすぐ後ろを歩く女性ふたりの会話がわたしの耳に入ってきた。

「いやねえ、みっともない。腰があんなに曲がっちゃって」
「さっきから地面しか見ていないじやない。ここに何をしにきているのかしらねえ」

その瞬間、わたしの中にどろどろとしたいやな感情があふれた。前を歩くおばあさんの耳に届きませんように。なんでこんないやな言い方をするのだろう。わたしは一瞬のうちに悲しさと怒りでどうしようもない気持ちになってしまった。
すると、博士がわたしに尋ねた。

「今どんな体験してるの?」

わたしが目にしたこと、耳にしたこと、どう思ったかを博士に正直にお話した。(中略)
博士はとても真剣な厳しい表情でこんな話を続けたのだ。

「笑っている人がほんとうに幸せかどうかどうしてわかる?涙を流してうつむいている人がほんとうに悲しみの中にいるかどうかがどうしてわかる?
まず、聞いて欲しいのは、すべてがあなたの目に映っているということ。聞こえているということ。外に悲しみが見えたり聞こえたりするとしたら、その悲しみはあなたの中にあるということだよ。
木を見てごらん。その木を見て、あなたにはその木が嬉しそうに見える?それとも悲しそうに見える?木は涙を流さないよ。木は大声で笑ったりしないよ。木はただ、そのいのち、アイデンティティーのままいるよ。雨の日も、晴れの日も、外側で起きていることが問題ではない、ただ自分のいのちを生きている。
その木を見たときに、あなたが美しいと感じるか、それとも醜いと感じるか。それはその木には関係のないことなんだ。あなたの中で起きていることなんだよ。
このことは人にも言えるよ。あなたが誰かを見て、どんな感情があるか、どんな反応が現れるか、あなたはそのことをまずはクリーニングするんだよ。(中略)」

「彼女は天使だよ。大いなる存在が創り出した完璧な存在だよ。腰が曲がっていても、彼女の目線がどこを追っていようとも、彼女は平和で満たされているかもしれないよ。
あなたがあなたの中で見えたことをクリ―ニングすることで、どれだけの人が自由になれると思う?あなたはものすごい責任を担っているんだ」(中略)

わたしが感じたこと、見たことをクリーニングする責任があるのはこの世で唯一ただひとり、このわたしなのだ。おばさんたちが投げかけたいやな言葉たちは、それを気づかせてくれるためのものだったのかもしれない。

(イハレアカラ・ヒューレン監修/平良アイリーン著『アロハ!』より)








感想

私も同じような光景に出くわしたなら、同じように気分を害し、おばさんたちに憎しみのエネルギーを送り、腰の曲がったおばあさんに憐れみの心を抱き、そのことをしばらく覚えていて、妻や誰かに語って、「ひどい人たちがいるよね」 と話をぶり返し、嫌な体験の一つとして後生大事に持っていたかもしれないのです。

しかし、真理を勉強していると感想が変わってくるのです。

まず、今自分の目の前に現われている光景とは、過去世で起こったことが写し出されているのだ、ということです。(仏教では今生を過去世の写し世といいます)

そして今起こっていることは過去世で自分がやったことが返ってきているので、おばあさんがおばさんたちに言われたことは、過去世において、このおばあさんがおばさんたちに言っていたことなのです。

つまり過去においておばあさんはおばさんたちに辛く当たっていた。そのことをおばさんたちは潜在意識で覚えていて、今生において発散させたのです。(発散させてご破算にしよう、清算させよう、チャラにしようとした)

よほど、おばさんたちは辛く当られていたのでしょう、おばあさんに聞こえるような声で話していた。

もしこのおばあさんが悟って真理をわかっている人であったなら

「過去世では申し訳ないことをしました。私は今あなたたちに言われたことよりも、もっとひどいことを言い、行為してきた、それをこれくらいで済ませてくださってありがとう、あなたたちの天命がまっとうされることを祈ります」

とおばさんたちに祈っていたのかもしれない。

または、耳が遠くて、おばあさんの心の中では何も起こらなかったかもしれない(笑)。

どちらにしても、過去世の因縁性が消えてゆく姿なのです。

これは、おばあさんとおばさんたちの因縁性が今生にて消えていこうとしているのです。

自分には関係のないこと、関知してはいけないこと、つかんではいけないことなのです。

自分はただおばあさんとおばさんたちの消えてゆく姿を見て、おばあさんとおばさんたちの天命を祈り、見たもの想いのすべてを世界平和の祈りの中に入れてしまえばいい。

そうするとその現象や想いは天で浄化されて、肉体界に降りてくるのです。

いけないのは、自分がマイナスをつかんでしまって、心の中に入れてしまうことです。

マイナスを勝手につくってしまうということです。

祈りで天に還すとそれが無限のプラスのエネルギーになってかえって来る。

それはなんの想いもない、爽やかなエネルギーなのです。

それがここで言うクリーニングするということです。

世界平和の祈りは自分を含めたすべての言動行為を光に変えてくれるのです。

過去の因縁因果を素晴らしい光(エネルギー)に変えてくれるのです。

そして自分の器(肉体)を空っぽにしてくれる

リセット(クリーニング)してくれる

すっきり爽やかにしてくれる

人間はただ光の柱、光の器になればいいのです。



世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように 

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます






自分の出すエネルギーをスッキリ爽やかなものにしていく

自分の出すエネルギーに責任を持つ

それが人として “自立する” ということだと思うのです。

 
 
調和波動気功法とは

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