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2013年7月10日 (水)

神のみを見つづけよ

 

ブログは出来るだけ毎日書きつづけた方がいいに決まっているのですが、特に書きたいことがない場合は、最近は、西園寺昌美さんの「日々の指針」を見開くようにしています。

何も考えずに、パッと頁を開くとそこに自分が今、抱えている問題点の答が載っているのです。

だけどこれをブログの題材にするのかどうかは別問題で、読んでいる人がどうなのか?求めているものなのか? 面白い、興味深いものなのか?明るく楽しくなるものなのか?役に立つのか?そんなことも一瞬頭をよぎるのですが、そんなことを考えていたら、自分主導ではなく、読んで下さっているみなさんに意識を合わせることになる。

それって善いことのようで、外(みなさん)に意識を合わせてしまうと自分を見失ってしまいそうになるんですよね。

相手のことを思い遣る、おもんばかる気持ちはもちろん大切なのです。

ただ、相手の中に入っていくのでも、自分という 「芯」 がしっかりとあった上で本心はちゃんと天と地を貫いている状態で、相手の中に入っていくことが大切なのです。

今の私はこの繰り返しをしています。

自分に合わせる、人(相手)に合わせる、自分(本心)に合わせる、人(相手)に合わせる、自分(天)に合わせる、人(相手)に合わせる・・・・・・・・

これを人(相手)に合わせる、人(相手)に合わせる、人(相手)に合わせる、そして自分に合わせるとしてしまうとブレてしまうのです。

芯から外れてしまう。

だから一日一回はどんなに忙しくても、自分(本心)に帰ることが大切なのです。

自分に帰ることを疎かにしていると、いつの間にかとんでもない人(本心から外れた)になってしまうからです。

私はそうならないために「世界平和の祈り」 を祈り、印を組み、統一をしているのです。

自分が自分であるために・・・・・・。


 
 

1.陰気な人はつとめて明るくしようと心がけなければ、ますます陰湿になり、折角出来た友も離れていってしまう。 陰気な人には一人よがりで自分勝手な人が案外多い。 自分の感情をそのままいささかの修正もなしに表現するからである。 明るい人は、天性全く明るい人と、つとめて明るく振舞おうとしている人にわかれる。 後者の生き方は人を中心に物事を推し量ってゆくやり方で、こういった人達は決して自分中心に物事を考えない。他人のことを考えれば考える人ほど、人はついてくるし、たとえ自分に不愉快なことや心配事、いやなことがあったにせよ、心の中にしまい、つとめて明るく振る舞うのである。陰気な人は、その心がけを真似るとよい。

 

1.自分の周囲で何が起ろうと、その渦にまきこまれることなく、自分の歩む道をはっきり示していける人は大したものである。 自分自身に余程自信がない限り出来るものではない。心弱き人はつい周囲の人と同じ道を歩まなければ、一人だけ孤立したような不安感にかられるものである。 神のみを見つめ求めつづけている人にはそれが出来る。

 

1.なんの理由にせよ、この世に生まれたからには、生きなければならない。 生きるためには幸せにならなければならない。 幸せになるためには、誰からも愛されなければならない。 愛されるためには、まずはじめに自分が人を愛することである。 積極的に愛の働きかけを行うことによって、始めて愛されるという形を生むのである。 それが言葉でも行為でもなんでもよい、無言でさえかまわない、心の底に変らず流れている思いやりさえあれば。

  

          「日々の指針」 西園寺昌美  白光出版





 

  

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