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2013年7月20日 (土)

愛することを止めるな

 

斎藤一人さんの本を読んでいてわかったのですが、愛とはそんなに難しいものではなく、大げさなものでもなく、自分の思い遣り(愛)をただ表現していけばいいのだと思ったのです。

ある先生がいた、その先生は勉強を教えるのがうまいわけでもなく、個性が強くて生徒の心を掴んでぐいぐい引っ張っていくわけでもなく、ただ淡々と生徒たちと接していた。

そして生徒の卒業後もどこかで見守っていて気にかけていた。

元生徒の誰かがお花屋さんを開いたと聞くと、遠くでも買いに行った。

教え子が電気屋さんをやっていたら、よその店よりも千円高くたって買いに行った。

教え子の心には

「あー先生は自分のことを忘れずに覚えていてくれたんだなぁ、ありがたいなぁ」 という感謝の気持ちが残るのです。

そこに温かいエネルギーが流れ、先生と教え子の気持ちが一つになる。

それが 愛(合い) なのです。

大切なことは、思い遣り(愛すること)を止めないことだと思うのです。

人に理不尽なことを言われても、自分の愛がわかってくれなくても、恩を仇で返されても・・・・・たとえどんなことがあっても、愛することを止めたらそこで自分というものがなくなってしまう。

それは人間は愛するために生まれてきたからなのです。

相手が愛してくれるから自分も愛する

波長(気)が合うから好きになった

一緒に居て、心地良いし、癒されるから好き!

というのは本当の愛ではないのです。

我を満たすための、自分の感情を満足させるだけの低いレベルの愛なのです。

だから愛することって生易しいものではない

「愛は忍耐」 

忍という字は心の上に刃物と書くのです。

相手がどうであっても、わかってくれなくても耐え忍び、自分の心の中にある愛のエネルギーを発して(表現)してゆく

小さなことを疎かにしないで、隙間という間に愛を注いでゆく

だから理屈ではないんですね。

愛することを止めないで続けること

それが本物の愛だと思うのです。






 

愛することを止めるな

 

妻や夫や子供たちが、いつでも素直に自分の愛を受け入れてくれるものではありません。

愛されていると知りながら、かえってその愛を裏切るような行為をしてしまうことがよくあるものです。

愛されれば愛されるほど、どこまで愛してくれるか試してみたいなどと思う、恋人や子供がよくあるものです。

愛しても愛しても、自分の心を素直に受けてくれない時などは、全く愛することの悲哀を感じるのは誰しものことです。

しかしそれだからといって、愛することを止めてしまったり、相手を憎んでしまったりしたら、せっかくの神のみ心が現わせぬことになってしまいます。

愛することが哀しい時があっても、やはり愛しつづけることが大事なのです。

愛することそのことが神の光なのです。

    


           
「日々の祈り」  五井昌久  白光出版





 

 

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