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2013年6月 8日 (土)

わかると面白い 5

 

ああこれは消えてゆく姿だな、自分はこんな悪い想い方のくせや、行ないのくせがあるけれども、こんなわがまま、こんな怒り心があるけれども、それはみんな消えていったんだな、あ、出てきた、けれど消えたんだな、また出た。また消えたんだな、と世界平和の祈りと共にやっているうちに、どんどん減って、未来へ向かって悪いものが出て来ない。

未来へ向かってこんど出てくるものは何かといったら “世界人類が平和でありますように” というような尊い人類愛の想いが、そこにいっぱい、あふれ出てくるわけです。

愛の想いは完全円満なのだから、完全円満の姿がだんだん出てくるわけです。

消えてゆく姿で世界平和の祈り、というのを、つづけて実行していればしているほど、その人の現在の心も明るく輝いてくるし、未来も完全になってきます。

しまいには絶対完全な人間になるのです。

たいがいの場合、それをいくら教わっても自分はだめなものだ、しゃくにさわる、とか、こんな不幸になって、こんな貧乏になって、こんな病弱になって、とこういうように思う。

思うなといっても、思ってしまうのだから、しかたがない。

思うのも因縁因果なので、思うように出来ているのだから。

だから、思ったら、すぐその場で、ああ先生に教わったのはここだな、と、消えてゆく姿だ、世界人類が平和でありますように、神さまお願い致します、

と素直にやると、それだけ減ってゆくのです。

私の教えは、実にやさしくて、人をとがめるわけでもなければ、自分をとがめるわけでもない。

人間を自然の姿に還そうというわけです。

自然の姿は何かというと、春になれば芽がふき花が開き、夏になれば緑しげり、明るく太陽に照りはえる、というように自然に運行しているものです。

肉体の生命もみんなそのように自然に運行しているんです。

その運行を自然にさせないものは何かというと、神さまから離れた想いなんです。

その想いが勝手に自分の運命を作っている、神さまの次元としての運命と、自分の想いで作った運命とが、別々になっちゃってる。

だからみんな神さまにまかせて、消えてゆく姿で、世界人類が平和でありますように、とやっていけば、だんだん自分勝手な想いが消えてしまって、光一元の生命そのものの自分と、生まれかわってくるわけです。

生命一元の自分になりきってしまえば、なんにも悪いことは出て来ない。

把われることもなくなってくる。

そうすれば、その人は平和になります。

一人の人間が本当に平和になれば、その影響は地球界に及ぼします。

宇宙に及ぼすのです。

そういう人が多くなれば、世界はいやでも平和になるのです。

その先達として、皆さんが世界平和の祈りを一生懸命やっていらっしゃるわけなんですね。

だから、皆さん一人一人が平和の気持ちになれば、それだけ世界平和に役立っているんです。

自分が平和な気持ちにならなければ、世界平和に役立っていないのです。

もし平和な気持ちがなかったら、ますます、一生かけて、二生かけてもいいから、消えてゆく姿で世界平和の祈りをやりつづけるのです。

必ず平和な気持ち、平和な心が、得られます。


                  

                   
終り

 

   「質問ありませんか?」 五井昌久  白光出版

 

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