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2013年6月13日 (木)

霊能的な人、知性的な人 1

 

毎日、神さまであるとか守護霊守護神であるとか霊、幽界、神界とか不思議なことを書いているグッドムーンという奴は、かなり変わった奴、いろんな目にみえないものがみえたりする霊的な奴なんだろうなぁとみなさんは思っていらっしゃるのでしょうが、私はいたって普通であり、決して霊(神さま)を感じたりしてはいないのです。

見えないし、感じてもいない、だが神さまがいらっしゃることは間違いないと思っているし、幽界や霊界、神界(天国)もある、守護霊守護神の存在も信じています。

これは理屈ではないんですよね。

「なんであるとわかるのか?」

と言われても

「あると思うからあるんだ」

としか言いようがない。

そのうち科学的にも証明されたり、3次元(肉体界、この世)に亡くなった人が現われてきてみんなが納得されるようになるのでしょうが、それまでは自分の心の中であると思っていればいいわけです。

それならばなぜ、ブログに書いているのか? と聞かれたら

それは、目にみえない世界(4次元、多次元、幽界、霊界、神界)のことがわかっていることの方が全然わかっていないよりも

俯瞰的(宇宙的視野で)に、世の中がみれるようになり、宇宙の真理がわかることで楽に楽しく、安心して生きて行けるようになるからです。(私がそうだったから)

その安心感を楽しさを是非、みなさんにも体得していただきたい。

それだけなのです。(それが幸せにつながるからです)
 

この世には、霊的な人がいます。

幽界のおばけちゃんがみえている人がいます。

「みえるというのは、なかなか大変なんですよ」

とある人が言っていましたが、本当に大変だと思います。

一方で、全然みえない、感じない人もいる

だから、神さまも仏さまもそんなものはあるはずがないと全然神仏を信じない人もいる

人間ってほんとに十人十色、いろんな人がいるのだなぁ

と思うのです。

どちらがいいとは言えないけれど

霊能的な人というのは、神さまにも通じやすい代わりに、幽界のオバケちゃんにも影響を受けやすい。

感情的な人や、「この人ちょっと変わっているなぁ」という雰囲気を醸し出している人は、やはりその影響を受けているのです。

一方、まったく受けていない人もいる。

知性的というのだそうですが、そういう人もなんだか人として面白くないなぁと思うのです。

神秘的なものに一切興味がない というのも現実的過ぎて、幅がないような気がします。

だから道の探究って大切なんでしょうね。

「人間とは肉体(肉体界)だけではない、奥には何かある、ありそうな気がする」

という探究心が、

そして本物(神)を真直ぐに求めて行こうとする姿が尊いと思うのです。

それは、霊能的であるとか、知性的であるとか関係なく
 

人間が最後にたどり着く、道だと思うのです。



    

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