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2013年6月 7日 (金)

かなり難解だとは思いますが、読んでみてください。

 

タイトルを読まれて、偉そうに、お前は本当にわかっているのか?(笑)と言われそうですが、実は私もこの文章を読んで、ビビっているのです。

正直、まだ経験していない部分もあるのです。(経験して実体験してはじめて本物ですよね)

なのに

こんな凄い文章をブログに載せていいのかな?

・・・・・と。

自分の運命も人の運命も簡単に人に語るものではないし、人生相談も安請け合いをして受けるものではないと私は思っているのです。

どうするかという結論は、どんな結果になったとしてもその人自身が決めることであり、周りの者が 「こうした方がいいんじゃない」 と思ってみてもかなり後にならないと善し悪しはわからないものなのです。

たとえば、夫がひどい人なので離婚を勧めた、そしてその後に知り合った人がいい人に思えたのでその人との再婚を勧めたら、前よりもずっと性根の悪い人だった。

だが、男運は悪かったけれどそれによって強くなり魂が磨かれ、子どもを育てるために必死に働いて事業を起こし、今では立派な女社長さんになった。

そして、思わぬ出世をしただけでなく、苦労したお陰で人の気持ちがわかる人格者となり、多くの人から慕われるようになった。

などというのは、まさしく災い転じて福となすであり、しかし、この女社長がここまで上り詰めなければ、離婚は失敗だったわけです。

世の中には、このような万事塞翁が馬のような事例が星の数ほどあるのです。

何が良くて何が悪いなんて、肉体人間の頭ではわかりようがないのです。

どんなに人生経験を積んだ人であっても、頭の良い人であっても、他人の人生はわからないのです。

ただ下記の文章を読んで、自分の運命を未来がわかっている守護霊様、守護神様に一任することが一番よいのだということがわかるのです。

自分で出来ること、自分でわかることは一生懸命に努力する。

しかし未来のこととか運命のこととかどうしてもわからないことは

神さまに預けて、一任して

どうか神様、あなた様のいいようにしてください、私は一切文句は申しません(笑)。

これでいいと思うのです。

だって魂の親である守護霊守護神さまが私たちを悪いようにされるはずがないからです。

それを信じることが信仰だと思うのです。

それは宗教を超えたものであり、その信念、信仰があればその人に宗教は必要無いのです。

人間が真に自立(精神的に)をするとき、地球上のあらゆる宗教は消滅するのです。



  

自己の大半定まっているような運命を、最大限に開運し得る方法があるのです。それは常に自己の全想念を神のみ心の中に投入して、世界平和の祈り一念で生活することなのであります。

神の光明によって、幽体に蓄積されている業想念が浄められますと、そこに新しいその人の、神のみ心そのものの運命が開かれてくるのです。


・私の観ずるところでは、運命は定まっていて、しかも定まっていない、ということが出来るのです。それは一応は定まっている、しかしその運命は変化せしめることも出来る、ということなのであります。

私の経験では、人間が肉体人間的な生き方だけで生きている場合には、運命は変らないが、守護の神霊につながる想念行為をすれば、その運命は善い方向に修正され得るものだ、ということを確信できるのです。
...

たとえ自分の善意の行為を、相手が悪意で受けたとしても、お互いの過去世の業因縁が、光によって消されてゆく姿なのだ、と世界平和の祈りの中に投げ入れてしまえば、

そこで過去世からの相手との業因縁が、救世の大光明の中ですっかり消されてしまい、その人も相手も、そこで大きく運命が修正されてゆくのであります。

これが禍い転じて福と為す、知らぬ間に運命を修正してしまう、光明思想、世界平和の祈りの生き方なののです。




運命は過去世の因縁因果によって現われて来るのです。                                          
 

運命の80%は決っていて、あとの20%の力で、その運命を変えてゆくのだと私は説いています。

その20%というのはどういうことかというと、20%未知の世界がある、これから作り上げていく世界がある、というわけです。20%の出発点から、100%、1000%と、今までの業を超えて、すっかり業を消滅して、新しい世界を作る窓口という意味です。

80%まっくらだけど、20%光がさす所がある。それを窓口として、跳躍台として、無限に自由自在の世界に出る、ということなのです。

生まれた時から運命は決っている、という言い方は、因縁因果の波の中で決っているということですが、因縁因果を超えた人というのは、因縁とはなんの関係もなく、自由自在に生命を生かしてゆける

...
そういう人間になる道が、20%の光の道としてあるわけです。20%の自由性がある。20%のところに何があるかというと、守護霊守護神が厳然として存在していて、人間の運命を変えてゆく。幸せにしてゆくのです。

一日も早く、本当の人間の、神の子の姿を現わすように、20%の光明をさし込む窓口に守護霊守護神がいて、引っ張り上げてくれるわけです。




         
               五井昌久


 


                 

 

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