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2013年6月28日 (金)

元気が出る言葉集 2

 
 


1. 人の悪口をいうということは、自分を強く見せたい、自分をよく見せたいからである。羨望の想いが悪口となる。(五井昌久)




 

1.正岡子規は 「さとりとは、いかなる場合にも平気で死ぬことかと思っていたのは、まちがいで、さとりとは、いかなる場合にも平気で生きていることであった」 といっている。

全くその通りであって、完全に生をまっとうすることによって、はじめて死をもまっとう出来得るものである。

生を逃避することによって、死への恐怖を拭い去ることは不可能である。

生への恐怖を乗り越えることによって、死への不安はまったく無くなる。

生と死は別なものではなく全く一つのものである。




 


1.私は釈尊の次の言葉が好きである。

「沈黙しているものも非難され、多くを語るのも非難され、少しを語るのも非難される。世に非難されない者はいない」

この世に生ある限り、何をしても人は非難の目、嫉妬の目をもって他人を見つづけるのである。 人の目を気にして生きていたならば、自分の身が持たない。天の目を気にして生きてゆくことだ。


 

 


1.非難を笑い捨て去ることが出来るくらいの大物の器になりなさい。

 



 

1.私が語ること、想うこと、表わすことは、すべて人類のことのみ。人類の幸せのみ。人類の平和のみ。人類が真理に目覚めることのみ。

故に、私個に関する一切の言葉、想念、行為に私心なし、自我なし、対立なし。

すべては宇宙そのもの、光そのもの、真理そのもの、神の存在そのものなり。

地球上に生じるいかなる天変地変、環境汚染、飢餓、病気・・・・これらすべて「人類即神也」を顕すためのプロセスなり。

地球上で繰り広げられる戦争、民族紛争、宗教対立・・・・これらも又すべて「人類即神也」 を顕すためのプロセスなり。

故に、いかなる地球上の出来事、状況、ニュース、情報に対しても、又、人類の様々なる生き方、想念、行為に対しても、且つ又、小智才覚により神域を汚してしまっている発明発見に対してさえも、これらすべて「人類即神也」を顕すためのプロセスとして、いかなる批判、非難、評価も下さず、それらに対して何ら一切関知せず。

私は只ひたすら人類に対して、神の無限なる愛と赦しと慈しみを与えつづけ、人類すべてが真理に目覚めるその時に至るまで、人類即神也の印を組みつづけるのである。
(人類即神也の宣言文)

 


 

1.
上士は道を聞いては、勤めて之を行わんとし、中士は道を開いては、存するがごとく亡きがごとく、下士は道を聞いては、大いに之を笑う。 笑わざれば、以て道と為すに足らず。(老子)




  


1.どんな聖者、賢者でも肉体人間の愚かさに出会うと怒りを爆発させたくなることはあるそうです。 そんなときは相手の天命を祈るとよいのです。 天命を祈るというのは、その人の幸せを願う最高の愛の行為なのです。 天命を祈ることでその人と自分の両方の魂が救われるのです。そしてそのときの怒りは祈ると同時に不思議と治まっているのです。

「○○さんの天命がまっとうされますように」


 

 

 




 

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