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2013年5月18日 (土)

天職を生かす人 2

  
 

天職を生かす人


 
会社の仕事でも商売でも、芸術芸能、はてはスポーツの世界でも真剣にその技を競っている時には、その人々の生命はやはりいきいきとしているのであって、それはそのまま、人間の向上に役立つことにもなるのです。

なぜかと申しますと、何事にも真剣になって取り組むということが、生命を生かすことになるのであって、いいかげんな生き方をしていることが生命を死なせているということになるのです。

単に金銭のため、食生活のため、あるいは自己の権力拡張のためとかいう想いでやっている人々は、天職を果していないみじめな人というべきであり、いかなる仕事にでも全身全霊を打ちこんでやっている人は、天職をまっとうしている人というべきなのです。




 

今ある環境を生かす

 

人間には自分にはわからない天職というものがあって、私なども三十近くになるまで、自己の天命がどこにあるのかわからず、ただひたすら自己が置かれた環境を生かし切って、様々な仕事に精進してきたのであります。

人間はどこでどう変わって生活するようになるかわからないのですから、いかなる仕事も、いかなる人々をも馬鹿にしたりしてはならないのです。

自分の嫌な仕事だからといって、怠ったり、馬鹿にしていたりすることは、その時間だけ自己の生命を死なせているということであって、その人の真実の幸福をつかむことを、それだけ遅らせることになり、この世における苦しみは倍加してゆくことにもなるのであります。

 
 

 
どんな仕事にも真剣にたちむかえ
 

人間には、できるできないはひとまずおいて、何事にも真剣に取り組んでゆくということが必要なので、いいかげんな態度で世の中を渡ってゆこうとするぐらい嫌なことはありません。

与えられた職業はそれがどんな職業でありましょうとも、その人が永遠の生命をしっかり自己のものとするための一つの経験として与えられているものでありまして、その人に必要でない経験は現われてこないのです。

ですから、自己がおかれている環境に不満をもって、与えられた仕事を怠るようであったら、そうした経験を魂の底にしみこませられるまで、同じような環境を抜けることはできないのです。

どんなつまらなそうな仕事に対しても真剣に立ち向かわなくてはいけないということです。

   


        「日々の祈り」 五井昌久 白光出版




  

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