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2013年5月18日 (土)

天職を生かす人 1

 
 

天職と一言で言ってもなんのことはわからないのです。

自分の性格に合った仕事のこと?

天から与えられた仕事のこと?

自然体で出来る仕事のこと?

好きなこと、得意なこと、才能を活かしていたらそれが職業になったということ?

自分が活き活きと出来る仕事のこと?

楽しんで仕事が出来ているということ?

趣味が高じて職業になった仕事のこと?

始めは嫌だったけど、続けているうちに好きになった仕事のこと?


みなさんも今されている仕事とは、それこそ十人十色、色々なプロセスを経て、心境の変化があって現在のお仕事になっていると思うのです。

そして誰でもが思うこととは

「今やっている仕事は、果して自分の天職なのだろうか?」

「他にもっと自分に合った天職があったのではないだろうか?」

「このまま今の仕事を続けていいものだろうか?」

「自分のことを認めてくれるところ、才能を活かせるところに行くことが幸せにつながるのではないだろうか?」

だと思うのです。

だがしかし、自分の意に反して

「もう嫌だ! 辞めて他に移りたい」 と思っている人ほど移る機会(チャンス)を失い、逆に「ここは良い職場だ、ずっとここに居たい」 と自分や家族が思っていても、心の奥底から 「他へ行け、他のところに行ってみろ!そこで魂を磨くのだ!」という声が聞えてきたりして、自分の意のままにはいかないものなのです。

何か目にみえない何かが自分の仕事をコントロールしているのではないか?

と思うほどなのです。

それは仕事とは魂を成長させるには、最高の舞台(ステージ)となるからです。

しかし肉体人間の自分が望んでいる仕事と、守護霊守護神が守っている人間たちにさせたい仕事はたいがい違うのです。

肉体人間の自分は、出来るだけ自分とウマの合う人のいるところで働きたいと思う。

そして楽をして稼げる仕事を求める

しかし、そんな甘っちょろいところでは、魂は鍛えられないと判断した守護霊・守護神は、その仕事に就かないようにあらゆる手段を使って阻むのです。

「面接は上手くいったのになぜか採用されなかった」

面接官の人になぜか嫌われた

面接の日に寝坊をしてしまった。(目覚まし時計が鳴らなかった)

なかなか面接場に到着出来なくて遅刻をしてしまった。(道に迷うようにコントロールされた)

後から考えてみると不可思議な出来事があったことに気づくのです。

そして自分の意に反して

「ちょっと違うんだけどなぁ」 というところにお世話になることになる。

しかし、やっているうちに

なぜ、この仕事、この職場でなければいけなかったのかがわかってくるのです。

そしてわかっただけではいけない

そこに全身全霊を込めて一生懸命に働くことをしないと次の舞台は用意されないのです。

嫌だ嫌だと逃げているうちは他に移っても

もっと嫌な思いをすることになる

それは逃げているからです。

逃げても逃げても追いかけてくるのです。

嫌なことを好きになるか、好きにならなくても一生懸命にやってその修行を終わらせないと次の仕事には就けないのです。

だから、天職とは職業の種類ではなく

どれだけ魂を込めて働くかにかかっているのです。

余計なことに意識を向けず一生懸命にやっていれば

それがそのまま天職になるのです。

無念無想になって一生懸命に仕事に打ち込んでいる姿は、神さまの姿をそのまま顕わしていて

美しく輝いているのです。

    

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