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2013年5月10日 (金)

君は素晴らしい選手なんだ 1

  

私ごとで恐縮なのですが、私には忘れらない恩師がいるのです。

高校時代の一年、二年生の担任の先生です。

その当時、50歳手前だったので私たちは「ばあちゃん先生」と呼んでいました。

去年か今年くらいで確か米寿を迎えられたと思います。

その先生は究極の褒め上手で

私は事あるごとに

「あなたは素晴らしい人です! なんだって出来る 希望するどこの大学へも行ける やればすべてが叶えられる」

と超プラスの言葉を連発して浴びさせてもらったのです。

卒業後は、先生の意に反して勉強にも専念出来ず挫折し、そして大病を患ったりしておよそ理想とは程遠い人生を歩むことになりました。

しかし心のどこかで

「あなたは素晴らしい人です」 が鳴り響いていました。

何の根拠もないのに

何も特徴のない普通の生徒だったのに

何の片鱗も見えていないはずなのに・・・・

おそらく先生は私だけではなく、いろんな生徒(特に心配な)にこの言葉をかけておられたと思うのです。

自分に自信を失くした時、自暴自棄になりそうになったとき、他人にマイナスを言われてめげそうになったとき

「あなたは素晴らしい人です」

の言葉が

いつの間にか甦って私を助けてくれていたように思うのです。

「そうだ自分は素晴らしいんだ」

「だから大丈夫なんだ」

・・・・・・・・・・

そして、最近気づいたことがあるのです。

先生がかけてくださったこの言葉は、果因説の言葉だとわかったのです。

「あなたは今がどうであろうと素晴らしい人なんです」

「ゴールは保証されている」 

「絶対に大丈夫!」

「だから安心して思いっ切り生きていきなさい」

これらの言葉がすべて入っていたのです。

先生には生徒たちの神性が見えておられたのだと思います。

生徒たちの顔の奥にキラリと光る眩しいばかりの光が見えていた

そしてそれをそのまま生徒たちに伝えてくれた・・・・・。

先生によって救われた人は私だけではなく大勢いると思うのです。

私たちは先生の恩に報いるためにも

仮に相手の人の奥に神性がみえなかったとしても

業を被って、マイナスの面しか現われていなかったとしても

人間にはみな神性があるんだ

ということを信じて

褒めたたえることをしなければいけないと思うのです。

そうすればその人は自分で自分の中の神性を見つけることができるようになる。

自分で自分の素晴らしさに気づくのです。

教育とは英語で

education(エデュケーション)といいます。

eduは能力、cationは運ぶ、引き出す

私は能力とは神性だと思うのです。

神性とはその人の素晴らしさだと思うのです。

先生は

私の神性を認め、私が自らの神性に気づいて引き出せるように手伝いをしてくださった。

ほんとうにありがたい、素晴らしい愛を私に与えてくださいました。

 

最近、先生とお話しをしていません。

先生、米寿(88歳)は過ぎられたのかな?

お元気にされているかな?

久しぶりに電話をしてみようかなと思っています。

 

話が横道にそれてしまいました(笑)
 
それでは、次の日記で

私を

「素晴らしい!」 と言ってくださった先生を思い出させてくれた新聞のコラムをご紹介します。

   

  

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