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2013年4月 7日 (日)

人類の未来 2

   

・ 生命とはいったい何なのか、生命とはいったいどこから来てのであるのか、人類の指導者たちが、謙虚な心になって、まずこの根本の問題にたち向かい、この解明をしながらの世界政策でなくては、とても人類世界の平和は望めるものではありません。

生命が肉体を去れば一人の人間は肉体の死を遂げます。人類全体から生命が去れば、肉体人類は直ちに死滅します。こんなわかりきった事実を、人類は実は、はっきり認識していないのです。

認識がはっきりしていれば、なぜ最大の関心を、肉体界を去った生命そのものに向けようとはしないのでしょうか。

一人の生命が去るということは、やがて今現存する人類のすべての生命が、肉体を去ってしまうということであります。

30数億(今は71億)の今この地球上にある肉体人間は、百余年の間には、すべて死骸となり、それらの生命はどこかへ立ち去ってしまうのです。

このような最も重大なことには、さして関心も持たず、ただ単に今現われている肉体世界の幸不幸、利害損得だけに重大関心を向けているこの肉体人間という者を、皆さんはおかしな者である、とは思われませんか?

百余年後には、今生存しているあなた方のすべてが、この肉体世界にはいなくなってしまうのです。

たかだか百余年間の否平均7、80年間の、幸不幸、利害損得が、いったいなんだというのでしょう。

真実の問題は、実はその先にあるのであり、その生存期間中の内面生活にあるのだということを指導者も大衆も殆ど知らないのであります。

生命こそ真実の人間であり、生命こそ真の存在者である、と私ははっきり言明します。

そうした生命の行方を一向に探究しようとせず、肉体の死によって、その個人の生命も消滅し去ったというような浅薄な考え方で、世界に真実の平和を築こうと思ったり、人類の真理を表わそうとしたとて、でき得るはずのないことは明々白々であります。

ですから私は、生命の探求さえしないで、世界人類の政策を考えているような人々の寄り合いである現陣容では、地球世界は滅亡するより仕方がないと思うのです。

 

 

・ 大生命(神)なくして、小生命(人間)の存在はありません。そんなわかりきった原理がわからなくなったところから、人類世界の悲劇は始まったのです。 

あなた方一人一人の現在の運命も、世界人類の現在の運命も、すべて、人間の想念行為が、神を離れたことから起こっているのです。

それを無明から生まれた業(カルマ)というのです。

この業想念の働きは、人間自身が、人間とは肉体だ、人間とは自我欲望があるのが当り前なのだ、と思っている以上は、消え去ることなく循環してゆくものなのであります。





  
        
            
「人類の未来」 五井昌久 白光出版





  

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