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2013年3月14日 (木)

次元を変えて観る

 
 

親というのは、木の上に立って見るというように、少し離れたところから、それも全体がよく観えるように、高いところから子どもを見るのです。

これは他の子と同じように客観的に観るという意味もあるのだけれど、高いというのは次元が違うという意味がある。

低い意識に合わすのではなく、そことは違う高いところに自分の意識を持っていく。

それが本当の大人であり、親であるのです。

幼い子どもというのは、無邪気でかわいいのだけれど知能でいうとチンパンジーと変わらないのだそうです。

だから感情を抑えたりせずにそのまま露骨に出します。

うんちが出て気持ちが悪かったら泣き、お腹が空いたら泣き、欲しいものがあれば泣き、お母さんが自分の方を向いてくれなかったら泣く・・・・・

その時点では、大人とは比べようもないくらい知能は低次元です。

親はそのことを知っているので、まともには相手にしない

波長を低次元に合わそうとはしないのです。

「何でかわからないけど泣いているな、今手を出したら泣き癖がつくからしばらくは放っておこう」

「多分ぐずっているだけだから、気を紛らわせてやろう、そうだブランコに乗せてみよう」

そうやってまともに子どもの感情の波長と合わさずにうまく折り合いをつけるのです。

だから子どもがまだ未熟で親が上から観れているときは、まだいい。

しかし、その余裕がなくなったときは

かわいさ余ってになってしまう

感情に対しまともに感情で受けてしまうと

相手の次元に自分も合わせてしまうとその感情の渦はますます大きくなってしまうのです。

これは親子関係だけではなく、すべての人間関係でもいえる

という私も最近つい感情を爆発させてしまいました(小爆発ですが)

風邪をこじらせて体がだるかったときに、相手の人が細かいどうでもいいことで絡んできたのです。

いつもだったら笑って対処していたのですが、その日は波長が合ってしまい、相手の人に自分の怒りの感情をぶつけてしまいました。

後から原因を考えると明らかです。

私の心の中にイライラの因子があり、それと相手の因子が共鳴したのです。

なぜ同じことを繰り返してしまうのだろう?

なぜもっと冷静になれないのだろう?

いつになったらこの感情というやっかいなものから卒業できるのだろう?

私をいつもスッキリさせていない原因は明らかにこの感情を処理出来ていないところにある。

そのことはわかっているのです。

随分前からわかっているのです。

しかしどれだけ考えても

心理学などのいろんな本を読んだところで

どうしてもわからなかった

自分の心のコントロールができなかった

それがある本を読んでいたら スーッとわかったのです。

ここから先は私自身の解決法になるのでみなさんに適応するかはわかりませんが

私なりの解決法を書いてみます。

それは、冒頭にあったように自分の意識を3次元(肉体界)に置くのではなく

多次元(神界・宇宙)に置いておき、そこを意識し続けて低次元に降りて来ないようにするのです。

それしかないのです。

そして、また感情のエネルギーに共鳴しそうになったなら

「いやいやそうではない、自分は神界に共鳴しているだ、つまらないことに意識を合わせてはいけない」

と意識的にそれを行なうのです。

人間には癖があって感情的なる人は

「そうなってはいけない」 とどれだけ意識をしていてもどうしても思いの癖に負けてしまう。

「ダメだダメだ、合わせてはいけない!」

と抑え込むのではなく

「意識の次元が違うから共鳴するはずはないんだ」

と思うこと、信じ切るが大切なのです。

お釈迦様や、キリストは人間たちにどれだけひどい、理不尽なことをされても

決して感情的になることはなかった

キリスト様は、弟子に裏切られて磔(はりつけ)になっても決して人間を恨むことはなかった。

それは、キリスト様は、私たち人間と違う意識の場所に居たからです。

お釈迦様は金星から天下って来られた方です。(金星は、太陽系で一番精神的に進化した大人の星です)

キリスト様も地球とは比べようもないくらい進化した星からその星の意識のまま天下って来られたのです。

地球を浄化しようとするのなら、地球と同じ意識では決して救うことできない。

私たちも、3次元での生活を心穏やかに、人間関係を調和したものにしていこうとしたら周りの人と同じ意識でいてはどうにもならないのです。

どれだけ怒ることが虚しいことであり、お互いになんのメリットもないとわかっていても、意識が低次元にあれば、同じことの繰り返しなのです。

では、意識を高く持つには

そしてその意識を常に意識しつづけるのはどうしたらいいか?

なのですが

私には、世界平和の祈りがあるのです。

宇宙と共鳴し、神界と波長を同じくする祈りがある。

自分でいうのも変ですが、祈っている人と祈っていない人の波動(エネルギー)は全然違うのだそうです。

自分の3次元のことも整っていないのに、世界人類(宇宙人類)の平和を祈れる人は、菩薩なのです。

愛そのものの人です。

神界からの光がそのまま肉体に降りて来ている

天地を結ぶ光の柱になっている

そしてその光は周りに振り撒かれ業やマイナスのエネルギーを消している

私はそれをしているんだ

人類の平和に貢献しているんだ

と等身大の自分を認めることにしたのです。

その素晴らしい自分は肉体界とは決して共鳴したりなんかしない

こんなことを書くと随分生意気な奴だと思われるでしょうね。

私も書いていて、 ハラハラします(笑)

もう明日から誰も読んでくれなくなるんじゃないかって

しかし、過大評価とか過小評価ではなく

今の自分を等身大で観ることはとても大切なことだと思うのです。

冷静に自分を客観視すると前述の文章のなるのです。

祈りとはそれほど素晴らしいものなのです。

祈りでしか自分も地球も救われない

その祈りを自分はやっているんだ

だからつまらないことで、自分の気持ちが乱れることは、ほんとにもったいないことなのです。



  

世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます


 参考図書

「永遠のいのち」 五井昌久 白光出版









  

 

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コメント


いつも読んでくださってありがとうございます。
○○さんのコメント涙が出るほど嬉しいです。
今までブログを書いてきたことが決して無駄ではなかったと実感出来ました。
祈る同志の人たちは、同じところで悩んでいるんですね。
今は、こうして情報交換が出来るのでありがたいと思います。
私も○○さんにはいつも助けていただいているんですよ。
これからもよろしくお願い致します。
感謝!
 

いつもありがとうございます。今日はお話したくなりました。気になることがあり子にメールで意見しょうと思ったのですが、その前にやりかけのExcelをして…その前にグッドムーンさんを見て…と。すると、まさに今の私にぴったりのもの(特に後半の部分)で、読み返しました。
「平和を祈れる人は……愛そのものの人です。……私はそれをしているんだ。…等身大の自分を認めることにしたのです。」
今の私に必要なのはこのこと(自分は愛の人だ)を心の底から信じて当たり前にまですることと思います。
「永遠のいのち」また読み直します。いつも感謝!

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