« 死んだらどうなるのだろう? 2 | トップページ | 死んだらどうなるのだろう? 4 »

2013年3月20日 (水)

死んだらどうなるのだろう? 3

  
 

悟った状態

  

神界にいますね、それは光輝いています。 

仏のそのままなのです。 霊界へきて少し薄れるわけです。

幽界にきますと、幽界というのは地球界の想いがいっぱい溜まっています。

前生の想いも記録されています。 ですから、幽界にきてそれらの想いに邪魔されて光がボケてくる。

肉体界へ入ってくると、さらにボケてしまう。

けれど本心の光はこの肉体にきているわけです。

そこで、ボケたものを取るために、いつも消えてゆく、消えてゆくとやっているわけですね。

自分なんかダメだという想いも、人が憎いと思う想いも、なんとかかんとか思う想いもみんな消えてゆく姿、と思っていますと、邪魔なものが浄まり離れていくのです。

邪魔なものがはげていって、しかもこちらはいつも神さまを思い、平和の祈りをしていますから、自分で穴をあけて、ズーッと光を通しやすくしているわけです。

悟った状態になるというのは、霊界の光の度合いも、神界の光の度合いも、肉体界の光の度合いも同じようになっていることなのです。

そうしますと、肉体界にいながら、仏菩薩(ぶつぼさつ)ということになるわけです。

仏菩薩になってしまえば、疑問もなんにもないし、自分の本体にこともそのままでわかるのです。

しかしなかなか仏菩薩にならない。

少しずつ汚れがあるわけです。

その汚れたものを加えて、今のあなたならあなたという人があるんです。

しかし赤ん坊の時、五歳の時、三十歳の時よりも、今のあなたのほうがズーッときれいになっているのです。

赤ん坊はきれいに見えるでしょ。

何故赤ん坊はきれいに見えるとかというと、本心の光が少ししか出ていないのですが、その代わり業も少ししか出ていないのです。

だんだん成長すると光がだんだん余計に入ってくる。

余計に入ってくると同時に、業も消えてゆく姿として余計出てくる。

二十歳くらいになるとズーッと多くなるわけです。

両立するわけですよ。

そこに業をつけ加えたり減らしたりしながら、だんだん年をとって80歳になる。

Aさんも70何歳かで私の教えにふれましたね。

いつも消えてゆく姿で世界平和の祈りをしている。

だから、前の業がどんどん消えていってしまって、あと僅かだけ残っているわけです。

僅かだけど、想いとしては今までの過去のことがある記憶にあるから、人間はこうだ、肉体だなとこう思っている。

話としては、霊界があり、神界があって、亡くなればあの世に行くということもわかっているけですね。

それでいて邪魔するものがまだあるのです。

それが今のAさんなんです。

       「永遠のいのち」 五井昌久  白光出版




 

 

« 死んだらどうなるのだろう? 2 | トップページ | 死んだらどうなるのだろう? 4 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/160971/50858440

この記事へのトラックバック一覧です: 死んだらどうなるのだろう? 3:

« 死んだらどうなるのだろう? 2 | トップページ | 死んだらどうなるのだろう? 4 »

最近のトラックバック

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ