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2013年3月18日 (月)

永遠のいのち(死ぬこともおめでたい) 1

 
私の父は、今80歳なのですが、最近弱冠精神が不安定です。

原因は、体調不良による死への恐怖があるようなのです。

父は、無宗教なので(それはいいのですが)、死への準備が出来ていないのです。

だからお医者様から

「癌が見つかりました」

「糖尿病です」

「血圧が高いですね」

と言われることがそのまま死への恐怖に直結するのです。

人間は病気で死ぬのではなく、寿命で死ぬのだ。

死は人間が決めるものではなく、神様が定めるものである。

死とは永遠の眠りではなく、新しい 生 への誕生である。

だから死とは、誕生と等しく喜ばしいことなのだ

これらの真実が何一つ知らないまま肉体の死を迎えていいものか?

真実の 死 を知っている息子の私は父に

真実を伝えるべきではないのか?

最近の父を見るにつけ

そう思うようになったのです。

父だけではなく

死を正しく理解している人は非常に少ない

だから肉体界は恐怖に覆われていると思うのです。

みなさんが正しい死生観を会得されることを望みます。

死をしっかりと見つめないと

生をまっとうすることはできない

そう思うからです。



 

 

 

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