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2013年2月 2日 (土)

神ということ 1

  
人間は、切羽つまってどうしようもなくなったとき、九死に一生を得ようとしたときに

どんな人でも

「神さま助けて!」

という

しかしそんな状態ではない 平和の状況のときには

「神さま? そんなものないし いらない」

という

なんという勝手な

なんと愚かなことでしょう

先ほどの日記にも書いたように

神さまの実体は誰もみたことがないと思うのです。

空気がみえないように

私たちの心がみえないように

みえるかみえないかはどうでもいいのです。

どっちでもいいのです。

だがしかし

姿かたち

あるとかないとか

はどうでもいいけど

感謝する気持ちとか

謙虚になる気持ち

が大切だと思うのです。

気持ちが愛であり

気持ちが感動を生む

人間は 食べるものが無くては 飢えて死んでしまうけど

それは肉体が滅びることだけど

愛が枯渇したら

心が亡びるのです。

心が亡びた状態で死んでゆくことほど

不幸なことはないのです。

神っていったいなんだろう?

生かされている私たち人間とは

いったいどんな存在なんだろう?

なんのために生きているんだろう?

そんなことをたまに考えてみることも

大切なことだと思うのです。

今、そんな時期に来ていると思うのです。


  

  

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