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2013年2月 3日 (日)

今日は節分

  
  
今日は節分で、各家庭ではお父さんが鬼の役になって豆をぶつけられているのでしょうが(笑)、この鬼とは人間の業想念(怒り、憎しみ、嫉妬、苦悩・・・・)などの感情です。

人間はこのような業想念にたくさん覆われていれば覆われているほど心の安寧がなく、不幸といわれているのです。

それらの業想念を外に追いやって、業想念とは反対のきれいな想念を心の中や家庭の中にに入れる(福は内)

それが幸せであると昔の人は、真理をよくわかっていたのです。

つまり幸せとは、目の前に現われる現象だけではなく、心の状態が穏やかで、乱れることなく調和し愛でいっぱいになることなのです。

その心の状態が、やがては外に現われてくる。

だから心の中をきれいにしておくことが大切なのです。

ところで、私たちは日常をいつも同じ心の状態で過ごすことは難しいですよね。

ある場所に行くとなにかしら腹立たしくなって感情的になる、その場所は商売を何をやっても上手くいかない(鬼門)、怒っている人たちの近くに行くと自分までその渦に巻き込まれそうになる・・・・・・。

それらは、場所場所によって、あるいは人間が感情を振りまくことによってその場のエネルギーが違っているからです。

しかしそのエネルギーは目にみえないのでわからない。

だがしかし、それらのエネルギーに惑わされなくて平常心でいたいけど、どうしていいのかわからない。

ほとんどの人はそんな状態だと思うのです。

人間の幸せとは自分の心を自由自在にコントロールすることではないでしょうか?

感情を超えることではないでしょうか?

結論をいうとそれは可能なのです。

コントロールすることを可能にするには、私は2つのことが必要だと思っています。

一つは、業想念というエネルギーの実体を知るということ

それからもう一つは、コントロールするメソッドを学ぶということです。

実体については本(果因説)の中からこれからもう少し詳しくご説明します。

学びについては、西園寺昌美さん著の「果因説」という本を読んでください。

「えっそんなことでいいの?」

と思われるかもしれませんが(笑)

それでいいのです。

真理とはそんなに難しいものではないのです。

誰にでも実践出来るものでなければ

それは正しいものではないと

私は思っています。

   果因説より
 

人類一人一人は毎日、不平不満、怒り、嫉妬、憎しみ、復讐、悲しみ、苦悩、恐れ、不安、葛藤などの否定的想念を発しています。

そして、それらの否定的想念に対して、誰もが何らの責任も持ちません。

皆がみな、思い思いに感情想念をぶっつけ、地上空間に垂れ流しの状態です。

その否定的感情想念のカルマはものすごい勢いの乱気流の渦となり、その空間、その場に消滅しないまま、漂っています。

その時、そこに居合わせた人々、通りすがりの人々は、その目に見えない乱気流の渦の犠牲となり、何らかの事故に巻き込まれたり、急に腹立たしくなったり、悲しくなったり、恐怖や不安感に襲われたりして、それらの波の影響を受けつづけているのです。

そういった、決して目に見えない否定的想念の乱気流を消滅させ、浄化している人々が、今生にはほんのわずかですが存在しています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

         『果因説』 西園寺昌美 白光出版





  

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