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2013年1月31日 (木)

ゼロからのスタート


  

人はよく 「0からのスタート」 とか 「1からのスタート」 というがこの場合の0と1はどう違うのだろう?

ところで数字の0(ゼロ)を発見したのはインド人だそうだ。

1から10までのなかで最初に0が加わる、しかし11から後は0は発生しない、最初の0だけなんだ。

数学的なことはよくわからないけれど数字の発生にもいきなり 1 は無理があるのか?

0という遊びがあって1が踏み出せる。

私たちもなにかアクションを起こそうとするときに

「どっこいしょ」 と気合い?をいれてから始めの一歩が出る。

気合いという間(私はこの間がゼロと考える)がないのにいきなり一歩を踏み出したらけつまずいてしまう。

「ゼロからのスタートですね」、と言われるのと、「1からのスタートですね」 と言われるのでは余裕が違うような気がする。

ゼロに一回リセットしてから、気持ちをニュートラルにして、良い状態をイメージしてから動けばいいんだというゆとりが生まれる。

私たちはいつも

「自分はこのままでいいのだろうか?もっと頑張って目にみえる形で結果を出さなければいけないのではないだろうか?」

と、常に追い詰められた心理状態になっている。

そこにはマイナスのマインドが働いている、自分を責めている。

そうではなく

「これでいいんだ、このままの自分でもいいんだ」

「今の環境が自分にとってベストなんだ」 (足るを知る)

と肯定してあげないと

心が煮詰まっていると焦りが出てしまうのだ。

焦りとは焦げ付くと同意語であり

いったん焦げついたものは元に戻らない

そして

取りかえしのつかないことにもなりかねない

私たちはこの焦りと隣り合わせの位置に常に置かれているのだ。
 

だから 0 があると思えばいい

0 があって自分を認めて

「このままの自分でいいんだ」

「十分に頑張っているんだ」

と自分で自分を癒してあげて

深呼吸をして(波動調整をして)

それから次へ進めばいいのです。

リラックス(力が抜けた)した状態にならないと人間は

本来の素晴らしい力を発揮することができないのです。

ところでインド人の人はどんなときに

この0を発見したのだろう?

きっと余裕があるときに

頭が空っぽになったときに

ふと 0 という数字が浮かんで来たのだろう と思うのです。
 

「インド式 すごい勉強法」 ニヤンダ・デシュパンデ 三笠書房



  


 

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