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2012年11月 6日 (火)

キリストさまやお釈迦さまはなぜ愛深くなれたのか?

  
  
  
キリストさまは、弟子に裏切られて磔(はりつけ)になりました。

一番弟子でキリストを尊敬し敬愛していても人間は自分の身が危ないと思ったら人を裏切ってしまうものなのです。

お釈迦さまも人間の心の複雑さを「蛇蝎(だかつ)のようだ」(曲がりくねったヘビのように複雑だということ)とおっしゃっておられます。

そして実際に、ひどい目に遭っている。

しかしお釈迦様もキリスト様も人間を

なかば呆れながらも

「しかたがないなぁ」 と許してくださっているのです。

普通の人間だったら祖先まで恨みを持たせつづけて

かたきを討たせたと思うのです。

しかしそうではなかった。

なぜなのか?

それは愛が深いだけではなく

人間というものの 性(さが)を熟知していたからなのです。

肉体人間とは 不完全なもの

その不完全なものに “完全(パーフェクト)”を求めてはいけない。

いやいけないのではなく

“求めるのは違う” ということです。

肉体を持つということは

どれだけ 愛深くなろうとしても

神さまのような慈愛を持とうとしても

所詮、無理なのです。

肉体を持った時点で(自分を守ろうとするから)

罪を持ち合わせているからです。

肉体を持っていて、しかも肉体意識にしがみついている人間に

神さまのような愛を持つことは期待できないのです。

真理(愛)に目覚めかけた弟子であっても

完全に神と一体(神我一体)になったわけではない。(完璧から少しでも欠けるとそれは不完全です)

悟ったわけではない。

だからそこで

弱さが出てもしかたがないんだ

ということなんです。


私たちは、どうしても期待をする

完璧を求める

相手にも

そして自分にも・・・・・・。


相手にもっと優しくしてほしい、ずっと私を愛していて欲しい。

自分に対しても

もっと完璧でありたい、もっとすばらしい自分でありたい

勉強も仕事も出来るようになりたい

そして人から尊敬されたい・・・・・。


期待ばかりを自分にも人にもしてしまっているのです。

肉体人間は不完全で

どうしようもないのに・・・・・。

一度、あらゆるものに期待するのを

やめたとイメージしてみてください(笑)

例えば

挨拶したのに

返ってこない

なんて奴だ!(プンプン)

昨日まで、味方だと思っていたのに

急に攻撃してきた、無視された(怒り心頭!)

しかしそれは相手に期待をしてしまっているのです。

人間ってそんなもの

って思ったら

なんだか悲しくなるけれども

人間の 性(さが)

ってそうなんです。

それがわからないから苦しむのです。


肉体人間ってほんと “バカ” なんだな

とわかれば

ほんとスッキリ楽になるんです。わーい(嬉しい顔)


そして、そのまま気持ちを放っておくのではなく

肉体人間が期待出来ないんだったら

何に期待すればいいんだろう?

に気持ちを発展させるのです。

期待していいのは

いったい誰なんだろう?

パーフェクト(完璧)なものって何なんだろう?


自分たちを創ってくれた神さま(宇宙・サムシング・グレート・大自然)なんじゃないか?


そういう発想が出て来ても


不思議ではないですよね(笑)。



  


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