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2012年11月 4日 (日)

学歴社会にもの申す

 

いい学校、悪い学校というくくりは、一昔前は、悲しいかな偏差値の高い低いで決められていました。

だから個人においても偏差値の高い学校に行っている子は、いい子、頭の良い子、低い学校に行っている子は、悪い子ではないけど頭の悪い子、だから未来は明るくない、仕事は限られる、機転の利く仕事は出来ない、出世は望めない、いい暮らしは出来ないなどと差別されてきました。

そしてまだその風潮は残っている。

学校もよい人間作りではなく、勉強の出来る子をたくさんつくることを目指している。

だから勉強で太刀打ちできない学校は何を目指して目標にすればいいのかがわからない。

特に、授業料が無料化になって(生徒が私立高校に流れるようになって)、公立高校(進学校ではない)は右往左往していると思います。

今こそ、子どもたちに何を伝えてゆけばいいのか?学校は何を目指すべきなのか?を真剣に考える時期が来ているように思うのです。

いい大学とか、いい会社とか、そんな小さなことにこだわるのではなく、もっと大きな志しを持つような子どもを育てていく。

それがいい学校つくりになると思うです。

五井先生のご著書から

私がそう思った文章を抜粋します。

よかったらお付き合いください。

 



たとえ学問はできない子がいたとしても、魂は立派な魂もあります。

秀才であってもゲバ棒をふるっているバカもある。

そんなものは神さまの世界から見たら大した違いではないわけです。

一番大事なことは何かというと、愛と真(まこと)です。

人を愛すること ━ 自分のためだけでなくて人のためを思ってやること。

勉強をするにしても、学問をするにしても自分のためだけではなくて、何か人類のために私が役立つように、役立つ人間でありますように、というので学問をすれば、その学問は大きく生きてゆきます。

「どうか私の生きている間は、一人でも多くの人のためになりますように、そのためにどうか私に学問を授けて下さい」

という気持ちで学生は一生懸命勉強するのですね。

そうすればいい学校にも入れるし、いい友だちもできるし、いい先輩もできる。

そういう生き方をしていきましょうね。(昭和46年6月)





       『空即是色』 五井昌久 白光出版



  


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