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2012年11月30日 (金)

想いをカタチに

今、頭の中でハッキリしていないことが渦巻いています。

一つの渦ではなく、3つくらいがグルグル廻っている。

なにかを訴えたい、なにかを書きたいのだけれども(テーマもだいたいは決まっていたのだけれども)

頭がいまいちスッキリしていないから

すんなりと書けないのです。

こんなときは、そのままパソコンに向わずに、ノートの前に座って書き出してみるといいのです。

さあ、「これから冷蔵庫に残っているもので料理を作るぞ」 というときに冷蔵庫の中に何が入っているかわからない状態ではどうしようもありませんよね。

まず、冷蔵の中にたくさんものが入っていてなにがあるのかわからない場合は、外に出して並べてみればいいのです。(これが頭の中の整理です)

そして種類別に分ける。

肉類、野菜類、惣菜、瓶もの・・・・・・。 そしてこれだけの材料があればなにができるのか?

自分や家族は何を食べたがっているのか?を考えてゆく。

私たちは頭の中の整理をせずに何をしたいのか? どうしてうまくいかないのか? どうしたらいいのか? を考えてしまっているのです。

頭の中で悩みが “ジャグリング” しているんですね。

身の周りの整理整頓も大事だけれど頭の中の整理整頓をし、そして溜まったものは、思い切って断捨離(だんしゃり)していかなければどんどん自分が苦しくなっていきます。

ノートに書き出して、今の自分の状態を客観視しましょう。

おススメの図書があります。

ここではもう何回も推薦していますが、現代人には必読書だと思っています。

あなたを天才にする 「スマートノート」岡田斗司夫 文藝春秋



今日のつぶやき



1.庭を訪れることが容易に出来ない人や庭を持とうにも持てない人にも、一本の花があれば、そこに庭を感じてもらえることができる。(フジテレビ「結婚しない」から抜粋)

2.悩むのと迷うのとは違う。悩むのは方向性が決まった上で「どうしようか?」と考えることでありいつかは結論が出る。しかし迷うのは方向性すら決まっていないのだ。堂々巡りをする、そして無駄な時間を費やすことになる。迷うことはやめよう、そして悩みに昇格させよう。


3.お互いがそれぞれに自立していて、ルームシェアしている関係 それがこれからの理想的な結婚だと思う。


4.ちゃんと悩んで出した答なら たとえそれがどんな結果になろうとも 後悔することはない。 (フジテレビ「結婚しない」から抜粋)


5.「あなたが選びたいのは どこで働きたいかではなく なにをしたいのか? なのではないですか?」 (フジテレビ「結婚しない」から抜粋)



6. 人は現象面が整うことを欲していると自分では思っているが、実は心の満足を求めているのです。6億円の宝くじが当たったならば幸せになれるかというとそうではない。それはお金(物質)、目に見える世界だけでは決して心が満たされないことを知っているからなのです。



7.ほんとうの愛とは 相手の人を “自立の道” に導いてゆくことにある。



8. 本当に相手を説得したかったらメールやメッセージなどで済まそうとするな、自分の生の声をぶつけなければ相手の心には響かない。インターネットがインフラになろうとその原理原則は変わらない。




  



  

2012年11月29日 (木)

何度も叩かれる修行は嫌だ!

   
  

今年の世相を表わす漢字に 「命」 が選ばれたそうです。

命という漢字は、人は一生の間に一度は叩かれるという意味なんだとどなたかが評していましたが、私の場合でいえば、一度どころではなく何回も何回も叩かれたように思います(笑)。

そして叩かれた結果、どうなったかというと自分でいうのも変ですが、随分強くたくましくなったと感じているのです。

魂というのは、撫でたくらいでは磨かれず、ダイヤモンドという原石を真っ黒な業(ごう)やカルマ、マイナスのエネルギーが覆っているとしたら、ダイヤモンドを光らせるためには、ダイヤモンドよりももっと硬いもので思いっ切り叩かなければ光は見えてきません。

今まさに私は、叩かれている最中であり、生きることは修行だと思っています。

だからといって、痛いとか辛いとか 「もうやめてくれ」 というのではなく、「ああこれを乗り越えることによって自分はまた成長出来るのだなぁ、ありがたいなぁ」

と思うのです。

そうでなくては、やってられないですよね(笑)。

そして、魂が成長したからといって誰もわかってくれない、認めてくれないかもしれないけど、心の奥底からあたたかい愛のエネルギーが流れているのがわかるのです。

その波動(エネルギー)を感じるだけで嬉しさがこみ上げてくる。

この感覚は、人にはわかってもらえないかもしれません。

自分だけの至福感なのです。

みなさんにもきっと自分だけの幸せを感じる瞬間があるとおもうのです。


人間は生まれて来る時も、死ぬ時も一人である。

これはたしかアメリカインディアンの言葉なんですが(細かい言い廻しは正確ではありませんが)

目にみえる世界では人間は孤独です。

本当に心が通い合う人なんて、もしかしたらいないのかもしれない。

誰も自分の本当の気持ちはわかってくれないと思います。

しかしそうではない。

人間は肉体界だけではなく、目にはみえないけど心の世界に住んでいるのです。

それが霊界であり、神界(宇宙)なのですが

そのことがわかれば人間は寂しくなんてないのです。(人間はすべてのものとつながっている)

孤独では決してないのです。

今は現われては消える幻の世界(肉体界)に私たちは生きています。

早く本当の世界が顕われて来ないかなぁと思っている

今日この頃なのです。





今日のつぶやき


1. どうしてそうなったか?を結果論でいうのではなく、プロセスで語れるようになりたい。




2. 焦らなくてもいい、もう今月も終わる。今駆け込みでどうにかしようとしてもどうなるものではない。月が変わればツキも変わる。そして12月になればみんなせわしくなる。来年でもいいではないか。新しいことを始めるには新年がいい。今はじっくり熟成させる時期なのだ。焦るとロクなことはない。



3.人がやらないような大切なことをやり遂げようとしたら、嫌なことや辛いこと、やるせないことがたくさん起ってくる。そこで凹んで投げ出してしまう人がほとんどだ。しかし不屈の精神でなし遂げることができたとき、誰にも味わうことの出来ない自分だけの至福の喜びに浸ることが出来る。



4. 物事がスムーズにいかないときは、ポイントがズレているのだ。キーマンはその人ではないのにそこにエネルギーを注いだり、思い込みで違う発想が出来なくなっているのだ。もっと頭を柔軟に、いろんな角度から見てみよう。そしてたくさんの人に話してみよう。きっと誰かは理解し応援してくれる。




5. にっちもさっちにいかなくなったとしても、ほんの少しなら前進出来る。なにもしないよりもそれに関わることにほんのちょっとでもいいからエネルギーを注ぐのだ。台風の日にどうしようもないと家で寝ているよりも、「大丈夫かな?と畑を見に行く方がずっと被害は少なく済むのだ。



6. 自分の考えと他人の考えの違いの差を埋めていくのが、プレゼンテーションなのだ。自分の考えと相手の人の考えが=になったとき、ものすごい感動が生まれる。



7. どうしよう、どうしようと悶々としているときは、「もうや~めた」と心をそこから放ってみればいい。しがみついているからエネルギーは流れないのだ。いったん解き放つと、エネルギーは急に流れ出す。いいアイデアも突然出てくる。あきらめるとは、あきらかになるということなのだ。想いを放してみよう。



8. 相手が十分に理解(納得)していないのに、ひとりよがりで強引に話を進めてはいけない。エネルギーは一つにならないと動かないから上手くいかないのだ。心と心が一つになることを合う、愛という。



9. ほんのちょっといつもと違うことをすれば突き抜けられるのに、成功するのに、その寸前で止めてしまう人のなんと多いことか、今までと同じことをやっているから上手くいかないんだ。一遍に自分を変えることは難しい。でも少しずつなら変えれるはずだ。それを努力というのだと思う。



10. 根回しって大切だと思う。自分の考えを少しずつでもほんの数人からでも地道に浸透させてゆく。そして気がついてみたら水を与え続けたスポンジは、ずっしりと重くなっている。絞れば、水がしたたり落ちる状態になっている。仕事とはそういうものなのだ。





  
  

2012年11月27日 (火)

11月27日のつぶやき

  
先日、高校時代の友人と忘年会を行なって10名(男子8名、女子2名)ほどが集まったのですがそれが3時間飲み放題のすき焼きコースだったのです。(ちなみに3500円)

私はアルコールがほとんどダメなのですが、みんなが次々にビールや飲み物を注文するので私もついつい冷たいウーロン茶やカルピス、炭酸飲料等を大量に飲んでしまいました。

その影響で3日経った今でもお腹を壊しています。

腸の中は水浸し状態だったんですね。

最近、食べ物も腹7分目、少食、そして水分は控え目にしていてそれに慣れた体質になっていたのでお腹もびっくりしたのだと思います。

水分の摂り過ぎは、身体の中に水溜まりをたくさん作るようなもので、すぐに排出されないと体を冷やします。(体質にもよりますが)

体温が下がると抵抗力が弱り、風邪もひきやすくなるのです。

熱いお茶やコーヒーもその場の体を温めるのにはいいのですが、やはりすぐに排出されないと体を冷やすことになるのです。

今までの常識の食生活は明らかに食べ過ぎ、飲み過ぎなのです。

お腹が空いてないのに、時間がきたから食事をする。

喉が渇いているのではないのに、水分を摂るのは余分なものを身につけていることになるのです。

心も身体も余分なもの、余計なものを付けずにスッキリ、スリム、シンプルなのが一番ですね。

みなさん、忘年会シーズンです。

私のような失敗をしないように気をつけてくださいね(笑)。





1. 「千里の道も一歩から」、縁のある人、気になっている人との関係をつなぎ止めておくには、年賀状から始めよう。年賀状をバカにしていはいけない。たった一枚の紙きれだけどたった50円の投資だけどその効果は大きい。もらった人の心には、あなたの真心が必ず響いているのです。(手書きを入れたらなおいいですね)
 


2. 所作って大切だと思う。いくら善いことをしていても態度が横柄であったり、肩ひじをついていたりしていたら、「心の中はどうなっているんだろう?」と思われてしまう。損をするのです。どんな人と対するにも相手を敬うように接しよう。もちろん形だけでなく、心から相手を慈しむ気持ちになれば申し分ない。
 


3. 私たちは、上手くいかなくなるとすぐに他人のせいにする。しかしそれは相手に感動を与えていないからだ。そして相手に感動を与えられないのは、自分が本当に感動していないからだ。自分が「これは面白い、素晴らしい!」と思ったならば、それは必ず相手に伝わる。感動(感謝)出来る自分になろう!
 



4. 人は極限状態になったときに、余分な力、りきみが取れて素の自分になれる。すると素直な素晴らしい人へと変身する。いや変身するのではなく、本来の姿に戻るのだ。極限状態にならなくても素直な、いつも素でいられる自分でありたい。
 



5. 「果報は寝て待て」というが、やったことを顧みてやり残したことがあるのなら、それは寝ていても朗報はやって来ない。果報は人事を尽した後でやってくるのだ。神さまは簡単には“ご褒美”はくれない。
 



6. 今の世の中はマイナスはすぐに大きく広がるけど、プラスの善いことはなかなか広がらない。それくらいマイナスのエネルギーが強くなっている。しかし、天と地を意識して宇宙からの縦┃のエネルギーを受け取ったならば、横に広がった━マイナスのエネルギーはすべてプラスに変わるのです。



    

徒然なるままに・・・・。


ブログを書いたり、ツイート(つぶやき)になったり、他人の文章を抜粋したりと一貫性のない私ですが(笑)、将来的にいえば日常のちょっとしたことから、私なりに気づいたことをみなさんに気楽に読んでいただけたらいいな。

エッセイのようなものを書いていきたいと思っています。

昨日書いた文章ですが、よかったらお付き合いください。

エッセイとは(形式にとらわれず、個人的観点から物事を論じた散文。また、意の趣くままに感想・見聞 などをまとめた文章)。




1.今、人間関係がおかしくなっているのはコミュニケーション不足だ。そして言わなくてもいいことを言い、言ってはいけないこと、言う必要のないことも言い、反対に言わなければならないことを言ってはいない。言葉とは思いついたことをそのまま話す(放す)のではなく、一度自分の中で浄化させて、愛というフィルターを通してから出すようにしよう。そうすれば、不調和なものは無くなっていく。

2.自分は誰かを苦しめている、不幸にしているという想いがあると、心はなかなか晴れることはない。

不幸とは現象ではなく、心がスッキリしない状態をいう。

だから自分が負い目を感じている人が立ち直り、幸せになっていたとしても罪の意識は消えない。

自我欲望に走るとそういうことになる。

お金がたくさんあっても、何不自由ない生活をしていても、心が自由でなければそれが不幸なのだ。

自分や人が幸せになるためには、心にひっかかっているものを一刻も早く取り除き、エネルギーがサラサラ流れるようにしよう。

スッキリしないものから逃げてはいけない。

3.人間は誰でも自分を愛して欲しいと願っている。幼い頃は親の愛だけで十分であり(一般的には)、成長するにつれて親以外の人の愛を必要としてくる。

友人の愛(友情)、異性の愛(恋人)を求め始める。

しかし裏切られ傷つき、心の中にポッカリと穴が空いてしまう。

この穴は、虚しさであり、淋しさであり、この穴を埋めないと苦しくて死んでしまいそうになる。

そして人は、いろんな方法でこの穴を埋めようとする。

しかしこの穴はとてつもなく大きいので、「埋まった」 と思っても、又穴は大きくなり、埋めても埋めてもブラックホールのように吸い込んでは消えてゆく。

お金でも、物質的なものでもない、友人の愛、恋人の愛、家族の愛・・・・・・どんな愛でも埋めることが出来ない心の穴。

その穴を埋めれるものは、神の愛しかないのです。

神の愛、宇宙の愛、大自然の愛、サムシング・グレートの愛。

神の愛(無限なる愛)と一体となったとき、ポッカリ空いた心の穴はいつの間にか満たされているのです。

4.ほとんどの人は過去の今の状況を見て、未来を判断(予想)する。

しかし、目に見えない世界では波動(エネルギー)調整が行なわれていて、善くなるように善くなるように軌道修正されているのだ。

だから意識を 「善くなるんだ、善くなるんだ、絶対に大丈夫!」 とポジティブな方に向けていればいい。

それをネガティブな方に意識を向けているからベクトルがバラバラになって宇宙はどちらへ行けばいいかわからなくなってしまう(笑)。

過去や今の延長線上が未来ではない。

明るい未来を想像(イメージ)することによって、今、そして過去のベクトルも変えてしまうのだ。



  

 

2012年11月25日 (日)

明日のために 今日をちゃんと感動して生きよう!


タイトルの、「明日のために 今日をちゃんと感動して生きよう!」 はフジテレビのドラマ「結婚しない」を観ていて共感した言葉なのです。

人はないものねだりをする、結婚している人は「一人になりたい、自由になりたい」と思い、結婚していない人は「寂しい、誰かが傍にいて欲しい」と望む。

お金のない人は金持ちになりたいと思い、大金持ちの人はお金では買えないものがあることを悟る。

病気の人は健康になりたいと願い、健康な人は、いつなんどき病気になるかもしれないと恐怖を抱く。

つまり人間というのは、「もうここでいいんだ」 と安住することはなく、絶えずなにかに追われて生きているのです。

そんなことを書くと息が詰まりそうになるかもしれないけれど

人間は宇宙と同じで絶えず進化向上をしていかなければ、止まってしまえば、肉体は生きていたとしても、ただ生きているだけの屍(しかばね)になってしまうのです。

時々、しんどくなって一休みしたくなることがあるけれど

それは前に進むための充電期間であり次に一歩を踏み出すときには止まっていた分を一気に取り戻すのです。

過去を振り返っても、過去にエネルギーを注いでもなにも変わらない、そして未来を考え過ぎても明日にならないと明日のことはわからない。

だったら明日を明るいものにするために、今を全力で生きるしかないのではないか?

一生懸命に生きていたらきっと神さまは “感動というプレゼント” をくださるのだ。

主演の菅野美穂はそこに気づいたんですね。

いい言葉ですよね~

明日のために 今日をちゃんと感動して生きよう!

 



今日のつぶやき


1. せめて今日だけは良い日にする!せめて今日だけは楽しくする。 せめて今日だけは自分の才覚を発揮し、生産的な一日にする。 せめて今日だけは自分を誇りに思う。せめて今日だけはベストを尽くす
 


2. 頂上にたどり着いて、たとえ、きれいな夕焼けに出会えなくても、そこで思わぬ体力がついていることの方が、すごいでしょ。夢を追いかけるときに、力がついてくる事実の方が、夢を手に入れたかどうかよりも、もっと素敵なことなんじゃないの。(桃井かおり)
 


3. 日常のなに気ないことから多くのことを学べる人は 素晴らしい!
 


4. ポッカリと 空いた穴を埋めれるものは他人の愛ではない。「あの人のおかげ」というがそうではないのだ。自分を愛する愛でしか 心の空洞は埋めれない。
 


5. 世の中にはいろんな考え方があり、色んな解決方法を知っている人たちもたくさんいる。自分だけの狭い視野で悩んでいないで、心を開いて語ってみよう、話して(放して)みよう。きっとよい知恵を授けてくれる。


  
6. 過去のことは(済んでしまったこと)はもうどうでもいい。それよりも今、明日をどうしたら善くしていけるかが大切なんだ。
 


7. やるべきことをやったならば、もうそのことは忘れよう。いつまでも忘れずにそのことに把われているとせっかく“成就” する方向へ行こうとしているのを邪魔することになる。想いで重たくなるのだ。アッサリ、アッサリといこう!(果報は寝て待て)

 


8. 心の中に空いた空洞を他人の心で埋めようとすると後で必ず後悔することになる。それが“不倫”だ。 その場合相手は誰でもいい、そしてそうじゃなかったと気づいたとき、相手は突き放される(捨てられる)、そしてお互いに多くのものを失っている自分に気づく。

 



9. 人に期待をするから疲れ果てるのだ。人には一切、どんなことも期待しないと誓ったとき、なんともいえない 開放感 が訪れる。
 



10. 自分は人には依存せず、人には依存させる(頼りがいのある)人間になる。これが“コツ” だと思う。
 



11. 明日のために 今日をちゃんと感動して生きよう!



 





  


  

2012年11月21日 (水)

今日のつぶやき



「面白い」って思った瞬間というのは、完全に心が動いているんですよね。つまり感動しているってこと。

人間は感動しないと動かない。

感動するから、心が動いたから自然と体が反応して人は行動に移すのです。

こんな当り前のようなことに気がついて、喜んでおります(笑)。

だから私は、感動するような文章を書きたい。

そのためには、日常のほんのちょっとしたことにでも感動(感謝)出来るような、面白いと感じられるような、自分でありたいと思うのであります。




  

1.人は“面白い”と思った瞬間から本気のエンジンが動き出す。だから「面白い」って大切なんだ。

 


2. 自分が進化、成長していくためには「まっいいか」をいかに少なく、なくしていくかにある。妥協した時点で進歩は止まる。
 


3.そんなに早く成功しなくてもいい、だってそれまでのプロセスが楽しいのだから・・・・。
 


4. 最初は人マネでも、そこに自分のオリジナル(個性)、創意、工夫を加えていけば、それは自分のものになるのだ。
 


5.守ろうとするからエネルギーが動かない(前に進まない)のだ、だから目標を持つことが大切なのです。宇宙の法則は後退することはゆるされない。
 


6.この人は善い人だ、悪い人だなんて所詮、自分にとって都合のいい人か悪い人か、自分に愛想のいい人か悪い人かに過ぎない。善い人、悪い人にこだわっているといつまでたっても、心が解放されない。人をジャッジ(判断)するのはやめよう。
 


7.ああしようかこうしようかと悩んでいる暇があったら、少しでもスッキリする方法を見つけよ!そして動け!すると面白いように他にすべきことも上手くいくようになるのだ。
 


8.何も考えずにしたことが第一インスピレーション、直観なのだ。これを信じてなるべく変えないようにした方がいい。頭でどうのこうのと考えると感情(勘定)が入ってくる。そして変えた方がいいような、得なような気がしてくる。人は何も考えていない時が唯一、まともな状態なのです(笑)。



9.人は自分のことをどうしようかと迷っているときよりも、人に対してどうしてあげたらいいかと考えているときの方がずっとやさしく穏やかな顔をしている。そして他の人にしてあげた行為は、必ず自分に返ってくる。それも倍になって。
 


10.マイナスは倍になって返ってくる。プラスも倍になって返ってくる。



11.気になることを処理しないでそのままにしているといつも奥歯になにかはさまっているような、心に何かがひっかかっているような、スッキリしない状態が続く。エネルギーとは気のことであり、エネルギーが病んだ状態が“病気”なのだ。病気になるとは、エネルギーがスッキリ流れていないのだと思えばいい。



12. 素(もと)とは宇宙のこと、宇宙にはモヤモヤした雲はない、いつも晴れている。だから、スッキリ爽やかな人を、“素晴らしい人”というです。



13.気になることがあったらそのままにするな!なにが気になっているのか?何が自分をスッキリさせないのか?を見つけろ!それは天からの本心からの「そのままにするな、解決せよ」というメッセージなのです。
 


14. 今、宇宙から降りて来るエネルギー(波動)がどんどんと細かくなっています。そして自分の出している波動が粗いと心に細かい波動が容赦なく入ってくる。すると悪いものが表面に現われてくる。この現われてきたものが病気であり、不調和なものなのです。しかしそれはよくなるための波動調整なのです。
 


15.「純と愛」を観ていたら男と女の立場、役割りが完全に逆転していた。愛君が家事をやり純が外で働いている。しかし違和感がない(笑)。男と女の違いが無くなってきているのだと思う。違いが無くなると「ねばならない」がなくなって、心が自由になる。決めつけが人間をいかに縛りつけてきたかがわかる。




  




  



 

2012年11月19日 (月)

本当の親が伝えたいこと

  
  

「守護霊守護神に代わってあなたに語る」はこの日記にもう10回以上は載せているでしょうか(笑)。

定期的に時期をみてお知らせしたいそれはそれは素晴らしい!メッセージなのです。

この間テレビの番組で日本では親を尊敬する率が世界でもっとも低いと放送されていました。

その是非はともかくとして

私は目に見える肉体界の親と心の親を区別すべきだと思うのです。

肉体界の人間とは、はっきりと言って不完全な人間です。

いつも言っていますように、人間とは神(パーフェクト)と動物(不完全)の間という意味です。

人間とは神性と動物性を持った、玉石混交した存在なのです。


神さまはそれを承知で人間を創られた。


不完全なものから完全になってゆく人間の努力を神様は観られているのです。

だから

親ももちろん人間であり、神ではない(神性が顕われていないという意味)。

不完全な親はたくさんいます。(私もそうです)

未熟な親ばかりです。(無限なる可能性!)

そんな親の言うことなんて

反面教師にはなっても

尊敬に値することなど少ないはずです。


尊敬することは間違いだと言っているのではありません。

親というものは自分というものをこの世に送り出してくれた

ありがたい、尊い存在です。

だからと言ってそれが尊敬する存在であるとはイコールにはならないと思うのです。

お互いに期待をするからすれ違いが生じるのです。

期待するというのは依存するということです。

自分のことを棚に上げて、相手に期待し依存するのです。

親だからこうであらねばならない、子どもは従わなければならないと枠に入れてしまうから窮屈になってしまう。

お互いを責めてしまうのです。


肉体界の親は大切にしなければならない。

それは真理というよりも常識です。

どんなに立派なことを言っても

親をないがしろにしている人を 私は尊敬しません。

しかし、だからと言って親を

お釈迦さまやキリストさまのように

悟った人とみるのとは全然違うのです。

私は、尊敬する人とは

愛に満ち溢れて、相手の自立、心の成長を一番に考え

自分やものに頼らせない人だと思っています。

守護霊、守護神さまとはそんな存在なのです。

自分の先祖の悟った霊で

霊界と神界から肉体界にいる私たちを四六時中見守ってくださっている。

肉体界の親も見守ってはくれますが

見えない世界から私たちをみてくださっているのです。

決して情に流されない(肉体界の親は情に流されます)、本当の愛を識っておられる方々です。

私たちの魂の成長を心から願ってくださっているのです。


目に見える世界は、見えない世界から出来ている


だから目にみえない世界からの情報(メッセージ)がないと私たちはまともに生きていけないのです。

「守護霊守護神に代わってあなたに語る」はそのことを教えてくれるのです。

霊界、神界からのメッセージをここに送っていただきます。







1、 私は日頃あなたが思っていること、考えていることそのすべてを把握し、そしてその希望をすべて成就させるよう願っている。

決してあなた一人だけの望みではない。

あなたの望みは常に私の望みなのだ。







2、 自己の希望を実現しえないで人生を終わってしまう人の何と多いことか。
 
彼らは私の存在を少しも認めようとはしなかった。
 
私はどんな時でさえも常に彼らの側にあり、彼らの望みを達成し得んが為に彼らを見守り導いてきたつもりでいる。
 
希望の成就は肉体個人一人で出来るものではない。
 
常に守護霊、守護神と共に歩んでこそ成就する路なのだ。
 
それが真実の人生の路なのだ。

   


 

3、 出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい。








4、 私はあなたがいかなることをしようとも、決してあなたに罰を与えない。
 
私はただ、すべてを許すのみである。

そしてあなたのその罰を私が代わりにしょってあげているのである。
 
その代わりあなたは “消えてゆく姿で世界平和の祈り” を繰り返し繰り返し祈ればよい。

自分自身を深く信じなさい。

 


 

5、 私はあなたにあえていいたい。
 
出来る限り明るい言葉や思いやり深い優しい言葉を常に、極力心がけて努力して使うようにし、光明思想の本を一日一回は読み、人の心を感動させるようなニュースを聞き、人と語り合う時には人の心を豊かに楽しませるような話題をあえて選び、明るいことのみを語るようにしてほしい。

そして暗いニュース避け、病気の話や人の不幸の話は出来るだけ口にしないことである。



 

6、 羨望の心が湧くのも致しかたない。
 
嫉妬心にもだえるのもまたこれ仕方がないではないか。
 
そして人の幸福を妬み人の不幸を心ならずも喜ぶのもまた致しかたない。
 
人の心は感情によって左右されるものであるから、感情を無くさない限りこのようなことはすべて人の心の中に起こり得る現象である。
 
この世は物質肉体の世界、完全なる霊なる世界と違って不自由な束縛ある世界、よくないことだと充分にわかっていながら、正しいことではないと充分に理解していながら、神から反している行為だと充分に納得していながら、やはり現れてくるのが現実なのである。
 
おさえる必要はない、出すだけ出すがよい。

だが、出来るだけ人に迷惑がかからないように出してゆくのだ。
 
相手にまともにぶつからず、声を出して私にぶつけなさい、私にどなりなさい、私に非難をあびせかけるがよい。
 
私はあなたの心が充分にわかるだけに、あなたが愛しくて可哀相でならない。
 
私の大きな翼であなたを包んであげよう。
 
癒してあげよう。
 
心の中にある鬱憤をすべて私に吐きすてるのだ。
 
私が聞いてあげよう。
 
私が代わって祈ってあげよう。
 
あなたがあなた自身で祈れる時がくるまでは。

 偽善者 になるよりはよほどよい。






7、 不調和な状態を一刻も早く自分の心の中から一掃せよ。

 



8、 あなたの内部の奥にじっとひそんで隠されている部分、秘密、嘘、葛藤、情欲・・・・それらのすべてを私は知っている。

私の前には何の隠しだても無用である。

ただ裸になることだ。

私にとっては肉体人間の弱さなどは百も承知の上だ。

だからこそ私というものが必要なのだ。

私の支えを必要とするのだ。

朝な夕なに私の名を呼びなさい。




9、 大自然の修復作用が発揮出来るよう大自然に代わって祈れ。




10、 あなたの希望を実現する場合、まだこの世の中に何の手ががりも見出せず、皆目何も無いところから全く新しい希望、この世に打ち出すそのきっかけを創造(つく)り出すのは、いうまでもないこの私である。
  
常に私の存在を忘れず私の名を呼びなさい。守護霊、守護神同士でお互いに交流し合うからである。


 

11、

人の悪を聞くために耳があるのではない。
 
人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

 



12、相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

 


13、

すべてを見知っている私の前ですら未だ嘘、偽りでもって自分を覆いつくし、隠しだてをするつもりでいるのか。

情けない。

私はすべてを許そうと思っているのに。

私は(宇宙の法則)から絶対なる権限を与えられている。

あなたのすべてをゆるし、あなたのすべてを愛するのが私の働きである。





14、

あなたが私から離れてどこへ逃げようとも、隠れようとも、またどんな罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびせかけようとも、それでもなお私は常にあなたの側を離れず、怪我がないよう、苦しまないよう、痛まないよう、見守りつづけているだけである。
 
私はあなたに嫌われていても、それでも尚あなたが愛(いと)しいし、愛しつづけているのである。





15、 私は肉体を持ちあわせていないので常にあなたの内部に働きかけ、内部の力を増し、調わせ、そのエネルギーを外界に現わし、そして出来るだけあなたの思うようになるよう、成就するよういたらしめているのである。

 

 

16、

私はあなたが暗く沈んでいる時、今まで以上に強い希望の光を投げかけている。
 
あなたが自分自身を傷つけ悲しみに浸っている時、すべては許されるのだという真理の光を送り、あなたに語りかけているのだ。
 
そして私の慈愛の光によって次第にあなたが真理に目覚めはじめ、その暗く果てしない入り組んだ道から脱け出してゆくあなたを見た時、私はあなた以上に天の神に感謝しているのだ。


 

17、

私は常にあなたに真理を語りつづけている。
 
あなたの心が全智全能の創造主と同じような強い力を握っているのだということを。
 
あなたは自分の心で、自分自身を幸せにも不幸せにもすることが出来るのだということを。
 
自分自身を、傷つけ暗く悲しいものだと思ったら、その通りの人生が展開されてゆくであろうということを。

そして自分自身を神の分け生命として認め、明るく大いなる希望をもってゆくならば、またその通りの人生が展開されてゆくであろうということを。
 
心はすべてのすべてである。
 
なぜならば、心は自分自身の運命の支配者であるからだ。



 

18、

私はあなたがいかなる苦悩、いかなる悲哀、いかなる絶望にあろうとも、必ずあなたを幸せにしようと心をくだいて見守りつづけているのである。

私の働きはあなたの真の幸せに導くこと以外の何ものでもない。


 


19、

 
私はあなたにお願いがある。この世は物質的肉体がすべてではなく、本来霊なる世界の写し世である、という事実を自覚してほしいのである。
 
霊的自我に目覚めたその時から、もはや何ものにもしばられぬ自由自在なる世界が、あなたの目の前に展けてくるのである。

それは無限の可能性を秘め、自分の思う通りになる世界となるのである。

 

 

20、

あなたは常に幸せを願うのだ。
 
あなたは常に神の無限なる能力を信ずるのだ。
 
あなたは常に調和を愛するのだ。
 
私はあなたのその望みにむかって全精力を傾けて、その実現のためにわがエネルギーをフルにあなたの心の中に注ぎこんでいるのだ。
 
だが、あなたの望みが常に暗く悲しく絶望的であるならば、その方向にむかってわがエネルギーを注ぎ込むことは、不可能である。
 
あなたの考えが明るく積極的な希望に満ち溢れたものに変わるよう、エネルギーを注ぎこむのであるが、そのエネルギーの消費量は並大抵ではない。
 
もともと+(プラス)の考え方を更に+(プラス)の方向に導き、この世に実現可能にせしめることは、宇宙の法則通りに実に簡単で無駄なエネルギーを消失しないものであるが、-(マイナス)の思考を+(プラス)に方向転換させることは、前者の何万倍ものエネルギーが消失されるものである。
 
 
常にあなたの考えを+(プラス)の方向に向けて生きて下さい。



 
 

21、

頭のよくない人ほど中途半端な聞きかじりをし、自分の知識をひけらかしたがるものである。

頭がよくないから善悪の批判力が無くすべて受動的に自分に吸収してしまうため、その人の潜在意識の奥にすべてそれらの中途半端な知識は溜めこまれてしまう。
 
さて、本人が病気になったり、挫折したり、失敗したりした時、これらの中途半端な知識が次から次へと頭を擡げ(もたげ)はじめ、自分自身の下らない知識で自分自身をがんじがらめにしばりつけ、また、自分自身の暗い思考力で自分自身を暗示にかけてしまい、どうしようもなく救われがたき状態においこんでいってしまうのである。
 
浅はかというより他にいいようがない。
 
知識ならどんなものでも入れていいというものではない。
 
本来ならば自分の心が勇気づけられ、希望に満ち溢れ、生きることの幸せが鼓舞(こぶ)されるような知識なら徹底的に入れこめよ。


自分の心を暗く不安恐怖に陥らせる知識は意識して取り払うべきである。



 
 

22、

“自分だけ悟ればそれでよい” という考え方は多分に利己的なわがままな生き方である。

これを出来るだけよい意味にとるとすると、人に真理を押しつけがましくするのは、たとえその教えがどんなに素晴らしくても、そこで必ず人の自由を縛りつけてしまうものであるから、よくないということであろう。

だが神のみ心からみたならば、真理を一人でも二人でも出来るだけ多くの人達に知らしめた方が積極的な善なる徳のある生き方なのである。

また何回も何回も重ねて自分の口を通して真理を語るということは、逆に、更に自分自身の潜在意識の中に改めて真理を吹きこむ形となり、自分の信念がまたここで更に強固に絶対的なものとなってゆくのである。

真理は何度も何度も繰り返し繰り返し語れば語るほどよい。

 

 

23、


旧き自己を捨て新しき自己に 蘇(よみがえ)るのが世界平和の祈りである。


どうにもならない自分をしっかりそのままつかんでしまった上、私はこんなにも悪い人間ですといわんばかりに、自分の悪を強調しても、誰も救われはしない。

むしろどうにもならない自分を一旦神の中に捨ててしまって、すべてを神の中に投げ入れていまうと、宇宙の法則にのっとった生き方が示されはじめる。









24、

あなたの長い間にわたる苦しみは私にはわかっている。
 
あなたの悲しみや痛みも私にはすべてわかっている。
 
そして更に今あなたの上に投げかけられている不安恐怖、今のあなたの立場ではどうしようもないのもわかっている。
 
私はいつでもあなたの心の叫びを聞き、訴えを聞き、その問題解決が一刻も早からんことを願い奔走しているのである。
 
だがあなたはこの私の心を知ってか知らないでか、常に自分自身の肉体の力でのりこえようともがいている。
 
だがよく聞いて欲しい、もはや肉体界でトラブルが現われはじめたということは、もう何年も、いや何千年も前に幽界で現れていたことを。

幽界で浄めることが全くできなかったが為に、この肉体界に現れはじめたのであるということを。

そのためにはまず幽界を浄め去るのが先決である。

それが出来るのはこの私である。

霊なる力で、霊なる光で、幽界を浄めれば、自ずと肉体界のすべてのトラブルは自然に解決されるものである。

私に頼りなさい。私を信じなさい。あなたが夢をみているその時ですら、私は闇を光に変える働きをあなたの為にしているのです。

あなたはあなた一人で生くるに非ず、私の生命と共にあって生くるなり。


 
 

25、

今あるとるにたらない小さな小さな幸福にさえも、神の与え給いしごほうびだとして感謝せよ。








26、

私は “神の子” であるという徹底的なる自覚がいかなる災いからもあなたを防ぎ、いかなる不幸からもあなたを脱出させる。
 
災いにも不幸にも絶対に波長が合わないからだ。







27、 私に徹底的に素直たれ。








  


「出来うるかぎり明るく陽気に振るまいなさい」

       
 


NHKの朝ドラ「純と愛」の愛(いとし)君は、人の本性が見えるので相手の顔がまともにみえない、見てしまうと気分が悪くなってしまうという。

愛君のいう本性というのは、太陽と雲の関係でいえば雲を見ているわけで太陽という本当の本性を雲が覆っているのですが、その雲を本性だと思っているわけです。

だがしかし

人間の本質は神であり、神性が顕われていないと生命が生き生きとしていないのだけれど、その光をさえぎって曇らせているのが仏教でいわれる業(ごう)であったり、キリスト教のいうカルマなのです。

業やカルマとは、人間が作ってしまったマイナスの想念エネルギーのことです。

マイナスの想念エネルギーは、肉体界にくっついている幽界に溜まり、潜在意識として幽体にも溜まり、それが今肉体に現われて来ているのです。

それが人間の顔に現われているんですね。

このドラマの作者の人は、残念ながら真理(真実)はわかっていないようです。

相手の曇っている雲(顔)ばかりを見ていたら、その人には太陽(光、輝いている部分)はないのだと思ってしまいます。

最近、人を接していても、電車に乗っていても、道を歩いている人も・・・・・みんなみんなみ~んな、ほとんどの人の顔が暗く曇っています。(無限なる光!)

曇っているだけでなく、今にも雨が降り出しそうな、嵐になりそうな、悲しい顔であったり険しい顔になっている。

すぐにでも雷が落ちそうな怒りの顔になっている。

そんな顔ばかりをまともに見ていたら

「この人は素晴らしい! 神そのものだ」

なんて思えるはずもなく

その人のエネルギー(マイナス)を受けて、こちらまで暗くなってしまうのです。(人のせいにしてはいけませんが)

だがしかし

人がどうであろうと、人がどんな顔をしていようと

自分は自分

自分は光輝く太陽でいなければいけないのです。(決意表明みたいですが)


自分が光輝いて、相手の人の雲を散らす、いや消すくらいのパワーがなくてはいけないのです。

相手の人に挨拶をしても返ってこない

それどころか怒ったような顔をされる

なにか自分は相手の人に対し失礼な事をしたのか? 気に障るようなことを言ったのか? 自分の態度が悪いのか? 過去世でずいぶんひどいことをしてきたのか(笑)?とさえ思ってしまう。

しかし

そんなことは、もうどうでもいいのです!

自分はただ太陽のように輝いていればいい

赤ちゃんのように笑顔を振りまいていればいいのです。

そんなことをふと考えていたら

「守護霊守護神に代わってあなたに語る」の27の提言の中からある言葉を思い出しました。

それは

「出来うる限り明るく陽気に振るまいなさい」

なのです。

これは、相手がどうであろうと、現われる現象がどれだけ辛かろうと、それは太陽に雲がかかっているだけである。消えてゆく姿である。その人の本来の姿ではない。

だから雲に惑わされずに、あなたは太陽なのだからたんたんと輝きつづけなさい

という守護霊さまからのメッセージです。

この、出来うる限り がいいですね(笑)

肉体界に生きる人間の辛さを守護霊さまはちゃんとわかってくださっている。

肉体人間の心の不自由さを痛いほどわかってくださっている。

だから時には真理を忘れて、暗くなるのもしかたがない。

でもあなたは強いんだら、愛深い人なんだから

負けずに頑張りなさい

というあったか~い愛が含まれているのです。




世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます


我即神也

人類即神也



  


 

2012年11月18日 (日)

今日もまたツイートです。

   
すいません、今日もまたツイッターに書いた言葉をブログに載せてしまいました。

私は不器用なので(無限なる能力!)、他にやることがあるとそちらの方にエネルギーがいってしまい、気がついたら毎日書くはずの日記を忘れてしまうのです。

するとこの下のつぶやきにも書いていますように、みなさんからのアクセス数が激減します(笑)。エネルギーの注いだ分しか数字として返って来ない。

ほんと数字(エネルギー)は正直です。

だったら地道にやるしかないんですね。

いつかはエネルギーが臨界点を超えて、真理が世界中に広がる。

そして世界が平和になる。

私は大げさではなく、ほんとにそんな夢を持っているのです。

今朝、facebookにディズニーランドの創始者であるウォルト・ディズニーさんの言葉が紹介されていました。



「夢」を見ることができるなら、それは実現できるんだ。いつだって忘れないでほしい。何もかも、全て「一匹のねずみ」から始まったということを。(ウォルト・ディズニー)



夢の始まりはみんなちっぽけなものだと思うのです。それを諦めずにコツコツと継続させる一日もかかさずにイメージし続ける、そして「これは人々にとってかけがえのない素晴らしいものになるんだ」・・・という信念を持つ。

そして、「無理かもしれない」 というマイナスのエネルギーに打ち克つ!

それからもう一つ大事なことがあるそうです。

それは素直であるということ。

素直って何に素直なのかわかりませんよね。

それは真理(宇宙の摂理のこと)に対して素直ということなのです。

素直って素(もと)に真直ぐという意味なんです。

この素(もと)ってなんのことかというと宇宙のことなんですね。

すべての素は宇宙にある。

だから素直な人って宇宙につながっている人なのです。

つまり宇宙の法則を生まれながらにして身につけていて、法則に乗っている人なんです。

だから直観力が素晴らしい!(メッセージが直で入って来る)

このような人は何が正しい、何が間違っていて、これはおかしいって理屈ではなく、直観でわかる人なんです。

そしてその直観をどんなことがあっても信じ続ける(信念を貫く)という勇気を持っている。

私もこのように、直観だけで生きてゆくことを目指しています。

と言いつつ、今もほとんど直観だけで生きているんですけどね(笑)。

もっともっと素直(宇宙に対し、真理に対し)になって

直観力に磨きをかけていきたいと思っている今日この頃です。






1. 自らの性格と人生を変えることが出来るのは、自分のみ。(西園寺昌美)/ ほとんどの人は、周りが変わるのを待っている。自分が変われば周りは変わるのに・・・。でもこれは意識が変わることによって自分から見える景色が変わるということだと思うのです。


1. 努力の大きさによって結果の大小が決まる。(西園寺昌美)/ 数字は嘘をつかない(正確である)ように、掛けた手間(エネルギー)の分しか結果は現われない。エネルギーも嘘をつかないのです。エネルギーは宇宙の法則そのものなのです。


1. 自分にとって最大の迫害者は自分自身である。(西園寺昌美)/ 他人が自分を迫害しているように錯覚をしているだけで実は、自分が一番自分を責めているんですね。



1. 自らが語る言葉は自分の運命を開く鍵。 (西園寺昌美)/ ポジティブなプラスの言葉を語ることによってプラスの現象を引き寄せるのです。これが未来永劫変わらない宇宙の法則なんですね。


1. 脳にとっては、イメージが先で現実はあとである(果因説)。出来たとイメージすれば、それが出来るように脳が働く。松本 元(脳科学者)/ それはエネルギーが現実よりも先にその場所に行って待っているからなんだそうです。だから善いことをイメージすることが大切なのです。


1. 脳の目的は、まだ出来ないことを出来る仕組みを作ることである。出来ることのみをしているだけでは進歩成長がない。(松本元)/ 出来る仕組みってくせづけをするってことですよね(笑)。普段は出来ない出来ないってインプットしているのを出来るのを当り前にしてゆく。楽しそうですね♪



1.反戦ではなく非戦である。いかなる理由があろうとも戦争はあってはならない。(西園寺昌美)/ 反戦と非戦ちょっと言葉が違うだけで意味あいが全然違ってきます。非戦とは、戦争を一切認めない言葉なのですね。



   

2012年11月15日 (木)

今日のツイート(つぶやき)

   
会社でも学校でも、あるいはもっと小さい組織?の家族や友達関係でも運に乗っている人、時代の流れを的確にとらえている人っていますよね。

自分がそこの長であっても自分がイニシアチブ(主導権)を取りたいのだろうけれども、長というプライドがあるのだろうけど、それはキッパリと捨て去って

「君(あなた)の考えって素晴らしいね!素敵だね!」 と言える人、そしてすぐに取り入れられる人って器の大きい、まさしくほんとうの長ですよね。

そんな組織は穴がないので凹むことを最小限で抑えることが出来るし、上昇気流にも乗っていける。

それを邪魔しているのはやっぱり感情(勘定)なのです。

この世の中から、人間から、つまらない感情や嫉妬がなくなったらどれだけ住みやすい、風通しのいい世の中になっていくことでしょう。

今は業(ごう)という人間にとっていらないエネルギーがくっついてしまっている時代です。

それが取れれば、人間は光輝いた素晴らしい存在(神性)になれる。

そんな時代が早く来ればいいな! と思う

今日頃ごろです。

1. その会社の運命は社長の運命が90%影響する。社長の運命がよければ、その会社もどんどん伸びる。では社長の運命が悪いときはどうすればよいか。重役とか部課長に必ず運が上昇している人がいるから、そういう人たちの意見をとり入れて社の進路をきめていけばよい。社長というものは、そういうように人を見る目を養うことも必要である。(五井昌久)
 


2. 私はお互いの心がハッキリとわかり合えるのが不思議でもなんでもなく、当り前であると思う。未来の新しい世界というのはそのような世界である。(五井昌久)/ 以心伝心、語らなくても分かり合えるそんな世の中に早くなればいいですね。

 

3. 体は病むことがあっても、心まで病気になってはいけない。(五井昌久)
 



4. 人は自分の心で自分を満足させなければいけない。自分以外にばかり心をむけていると、悲しまなければならないことが多いからね。(五井昌久)



5. 何ごとも基本、基礎がしっかりしていないとすぐに崩れてしまう。わからなくなったら原点に戻ろう、この問題点の本質は何なのか?を見つめよう。本質がわかれば後は、原点に戻って基本、基礎からやり直すのだ。それが遠いようで一番早い、心が納得する(腑に落ちる)方法なのだ。



6. 性善説と性悪説があるが、今はみんなが性悪説を信じてしまう時代です。しかしそれでは地球世界が終わってしまう。千人の人が性悪説を唱えてもたった一人の人が人間の“神性”を信じていたらこの世は光明(光輝いた明るい世界)に変わるのです。それくらい光っている人は強いのです。



7. どんなに素晴らしいことを言ってもそれが現場を知らない憶測でものを言っているのだとしたら、それはなんの意味もなさない。面倒でも足を運ぼう、刑事ではないが「答は現場に落ちている」のだ。



8. 相手を非難している人、人のせいにしている人は、その原因は自分にあることをわかっていない。すべての原因は自分がつくったものなのだ、関わったものなのだ。相手を変えようとせず、自分が変われば相手も変わる。



9. エリートの人には落ちこぼれの人の気持ちはわからない。健康な人には病気の人の気持ちがわからない。だから人の気持ちがわかるためには落ちこぼれでもいいのです。病気であってもいいのです。


10 人を喜ばせるというのは、その人に「今のあなたのままでいいんだよ」と言っているのと同じです。その人に自信をつけさせているのと同じです。だから人の心を喜ばせることは尊いのです。



11. その人の感情を喜ばせることと、その人の心、魂を喜ばせることとは違う。人は自分の感情(五感)を喜ばせてくれる人を、善い人だ、わかってくれている人だという。しかしそうではない、魂が震えるような感動はそんな薄っぺらいものではない。感情を超えたところに本当の喜びはあるのだ。



12. わかってもらえたから嬉しいのではない、理解してくれたから良かったのではない、結果オーライではダメなんだ。そんなものは本物ではない。他人をいくら満足させても自分の本心が満足しなければそれはほんとうの喜びにはならないのだ。もっと意識を自分の心の中に向けよう、内に向けよう。



  


  



  

2012年11月13日 (火)

今日のツイート(つぶやき)


ツイート(つぶやき)のなかにも書いているのですが、私たちが何気なく話している言葉とは、どこが原泉になっているかというと、頭を去来するたくさんの人の集合意識を無意識に話しているのです。

例えば、テレビが家にあります。NHK、読売テレビもある朝日、毎日、フジ、サンテレビ(地方によって違いますよね)の電波がテレビの受信器に入ってきて波長を合わせると放送局の電波と合って画面が写るわけです。

都心であればあるほど、放送電波は多いわけですが、周りに人が多くなればなるほど、人との縁が多く、深くなればなるほど、自分の中にはいろんな人の想念が入ってくるのです。

そしてそれが頭の中を去来してゆく。その通り過ぎようとしている想念の枝葉をつかまえてほとんどの人はしゃべっているわけです。

集合意識であったり、縁のある人の想念であったり、ごく近くにいる人の想念であったり、その量はすさまじいものがあります。

その中のある想念をつまみ上げてほぼ無意識に、感情のおもむくままにしゃべっているのが、今の人間なのです。

政治家が思わず口を滑らせてつまらないことをしゃべってしまうのは、多くの人(国民)の集合意識です。潜在意識の中でみんなが想っていることが頭の中にたくさん入ってきて、それを自分の中で浄化、整理させる前に口に出てしまっているのです。

もちろんその人の中に共鳴するものがあるからその発言になっているのですが、自分だけの考えではないのです。

本来ことばとは言だけなのですが、心の中でいったん浄化させて清めてから出てくることばが本当の言(ことば)なのです。

言に枝葉(ほとんどがマイナス)がついて言葉になってしまっている。

こんなこと言うつもりがないのに、つい言ってしまった。

相手を傷つけることを言ってしまった。

などは頭を無防備にしているために起こることなのです。

だからお釈迦さまは頭を無防備にしてはいけない

頭を空っぽにせよ(空になれ!)

そして空になるだけでは、またマイナスが入ってくるから

常に心の中を宇宙の、仏(神)の心(無限のプラスのエネルギー)で一杯にしろ

とおっしゃたのです。

だから本当の宗教とは、宇宙を示す教えというのです。

想うというのは、いつも言っていますように

相手の心なのです。(相手の想念が移っている)

集合意識を自分の本心が思ったこと、自分だけの考えだと思っているのです。

そのことに気づいている人

なるほどそうなのかと頷いている人は多いと思います。

このことがわからないといつまでたっても自分の想い、他人の想いに振り回されるのです。(という私もつい振り回されてしまいますが)

想いは重いのです(笑)。

自分のごっちゃごっちゃ、くっちゃくっちゃ、ドロドロになった想いを一度洗濯しないといけない、大掃除をしたい、そしてスッキリしたい!

スッキリ爽やかになりたい!

私が調和波動気功法を続けているのはスッキリ爽やかになりたい! からなのです。

そうならないと(エネルギーがスッキリしないと)何をやっても楽しくない、面白くないのです。

それはエネルギーがすべてのすべてだからです。

宇宙にはエネルギー(波動)しかないからです。

1.人は、頭を去来するマイナスの言葉(枝葉)をつかまえて、そのままを声に出している。だから言(ことば)は言葉というのだ。そこにはなんの責任感もない。言葉は一度自分の心の中で浄化させて、きれいな言(ことば)に変えてから発するものである。「言(ことば)はすなわち神なりき」/キリスト



1.人のいう言葉なんてなんの責任もなくただしゃべっているだけなのだ。だから気にすることはないんだ。集合意識のまま自分の言葉として話している。毒りんご(マイナスの言葉)を食べてはいけない。食べる(受け入れる)と同じ渦の中に入ってしまう。毒されたふりをしてもたべてはいけない。



1.表面だって働くこともよいだろう。しかしそれよりも自分を浄め、深めることがもっと大切なのだ。(五井昌久)/ 「仕事がすべてだ」という人がいるけど人生なんてそんな薄っぺらいものではない。仕事なんて逆立ちしてでも出来るんだ。それよりも表面の奥にある 「心」 「本心」 を見つめることが大切なのです。



1.生命は神の責任にあり、生命の使い方は人間の責任にある。(五井昌久)/自分の死の時期は、自分で決めるのではなく神さまが決めて下さる。だったらいつ死ぬかなんて気にしないで生き方(使い方)だけを考えていればいいんだ。



1.五感の欲望だけを満足させたい、という想念行為は、この世において業となる。(五井昌久)/ 五感を喜ばすとは肉体的な欲求を満たすということです。心の奥底から湧き出てくる感動とは異質のものです。たまに五感を満たすのはいいけど、そればかりに集中すると心が枯渇してくるのです。



1.何もいわなくてもいい。ふわーっとして暖かい、そして、ああ、あの人はなんてなつかしいんだろう、という人になることです。(五井昌久)/ 今はコミュニケーション不足だとかコミュニケーション能力が大切だと言われているけど、無理をしてまで人の話題の中に入っていかなくてもいいのです。

 

1.肉体人間では何事もなし得ない。肉体人間観をすてることである。つねに宇宙の原則、永遠の生命観に立つよう心がけるべきである。/ 自分が小さな小さな人間だと限定してしまうとつまらない枝葉のことばかりが気になってしまう。大きな心(大我)になって小さな我を消してしまおう。



1.富んでいる、貧しいは、お金の多寡(多少)ではなく、お金をいかによく生かして使うか、使わないかにある。(五井昌久)/ いつもは節制(贅沢をしないで)して、必要なときにはちゃんと用意されている。そんな使い方をしたいですね。



1.人に嫌なこと、マイナスを思いっ切り吹きこまれたら、「ああこういう風にいうと人は傷つくんだなぁ、気をつけよう」と反面教師にすればいい。それ以上は考えなくていい。それ以上考えることを考え過ぎというのです。



1.愛して愛して愛しぬこう。どんなものをも受け入れる大きな大きな心を持とう。(五井昌久)/ 大きな心を持てば、人からどんなマイナスのことを言われてもへっちゃらになるんでしょうね。打たれ強い人間(器の大きい人)が増えてくれば世の中は善くなる。



1.病気と寿命は違う。人間は病気で死ぬのではなく、寿命で死ぬのである。(五井昌久)/ 若くして病気で亡くなっても、「これは寿命だったのだ」と思えれば、周りの人はずいぶん気持ちは治まるでしょうね。



1.悪のうずまく時代においては、お説教や言葉でいくらいいことをいっていても、相手は変わらない。それよりまず自分が浄まって、その光をふりまくことである。その光にふれて人は変わってゆく。(五井昌久)





  


  


2012年11月12日 (月)

今は確実に善い時代になっているのです。

   
    

私は昔は野球少年で、小学生の頃はプロ野球選手を夢見て、朝から晩までそのことばかりを考えていました。

だから今のプロ野球にはあまり面白さや興味はないのですが、youtubeなどで昔の選手やプレーなどを観ることは好きなのです。

今見ていて驚かされるのは、乱闘シーンです。

特にデットボールを巡ってお互いの選手が感情的になる。

そして相手の選手につかみかかり、殴りかかっていく。

そのときにベンチに居て傍観していたら仲間意識が薄いと非難され罰金を取られる。(だから嫌々加わる選手もいました)

この乱闘シーンは、今はほとんどなくなったので特に思うのですが、明らかに異常です。

戦争や喧嘩のシーンを彷彿とさせる。

あまりにも感情的になりすぎて、商売道具のこぶし(手)を痛めてシーズンや選手生命を棒に振った選手もいる。

「やられたらやり返せ!」

とまた火に油を注ぐ。

観客も興奮して観ている。

たぶんスタンドでも敵味方に分かれて喧嘩があったと思う。

しかし今は、ルールも改正されて、危険球は即退場!、抗議出来るのは監督だけもあるけれど

選手たちも一時は怒ってもすぐに冷静になっています。

第一相手を対戦相手ではあるが、敵とは見なしていない。(昔は相手は敵でした)

そこが大きな違いだと思うのです。

そして今日読んだ新聞には、学校の校内をバイクで乗り回す乱暴な卒業生や生徒がいたが、今はいないと書いてありました。

確かに暴走族も減っていますよね。

しかしテレビや新聞などでは相変わらずきな臭い、過激な、悲惨な、信じられない事件が起きている。

ここだけみると、減っているのではなく増えていると錯覚をしてしまう。

メディアは、善いこと(激減していること)は報道せずに、みんなが関心のある過激なこと、マイナスのことばかりを流しているのです。

観ている方には、マイナスしか入っていかない。

たかじんのそこまで言って委員会(テレビ番組)でもそうです。

中国(中国人)の悪口ばかりを言っている。

善いところや、素晴らしい人たちもたくさんいるのに

それを言おうとすると

「おまえは何も知らないんだ!」

と押さえつけられる。

真実は今やテレビ、新聞などのメディアでは正確なものは入ってこないと思った方がいいかもしれません。

マイナスばかりを吹きこまれるのだったら観ない方がましだと思うのです。

先ほど述べた乱闘シーン、暴力と同じように

今起こっている感情的なものが産み出す出来事は

消えてゆく姿なのです。

線香花火のような最後の燃えカスが今燃えて切って、そして消えてゆこうとしているのです。

もうすぐ戦場の戦士たちは、急に戦意を失って武器を地面に置くようになるのです。

宇宙からのエネルギーが変わって来ているからです。(フォトンベルトの影響もありますよね)

私たちはいまこそ、消えてゆこうとしているものを消えないように見せているマスコミから意識を外して、傍観者になるべきなのです。

それも無関心とか、冷徹になるのではなく

「消えて、これで善くなってゆくんだ」

「これから本当の平和が訪れるんだ」

「早く消えますように、誰も傷つきませんように」

「世界人類が平和でありますように」

という祈り心があれば

もっと早く消えてゆくのです。(早く平和が訪れる)

平和を祈ることが私たち一人一人に与えられた人間としてのミッション(使命)だと思うのです。


そして

今中国の人たちが日本に対してどのように考えておられるのか?

そのことを知ることも大切なことだと思うのです。

ここでおススメの本があります。

よかったら読んでみてください。

きっと中国の人たちに対する考え方が変わると思います。



「中国人エリートは日本人をこう見る」 中島恵 日経プレミアシリーズ

「男脳中国 女脳日本」 谷崎 光 集英社インターナショナル

「いま中国人は何を考えているのか」 加藤嘉一 日経プレミアシリーズ



  

大切なことはかみに教えてもらおう

  

  

先日、新聞に女優の国仲涼子さんが学生時代にものを覚えるには、

「本を10回読むよりも一回でいいから書いて覚えろ」

とある先生に教えてもらい、試験の時に半信半疑でやってみたら、ほんとにうまく覚えられていい点数が取れた(笑)。

NHKの朝ドラ「ちゅらさん」のときも台本を覚えるのに役だったと書いてありました。

なぜ、書くと覚えられるかというと心と身体はつながっているので、身体で覚えたことは心に刻印されるのです。

ピアノでも習字でも、そろばんでも習い事が上手くなる極意は、理屈ではなく毎日、繰り返して身体で覚えることが大切だといいます。

ピアノで日本一になる人は、やはり日本一練習をしている人だと思います。

私たちは毎日が走馬灯のようにどんどんと過ぎて行くのを茫然と見送ってしまっています。

今午前中だと思っていたのが、もう午後になり夕方になり一日が終わってしまう。

「今日はいったい何をやったんだろう?」

と思い返してみてもたいしたことはやっていない(笑)。

昨日より今日に進歩があったのか?

心の成長があったかなんてわからない

気づきがあったのかもわからない

手ごたえ、歯応えのない、科学反応の起こらない人生なんて

むなしいですよね。


なぜそうなるかというと

目の前に起こることを

ただなんとなく漠然と見過ごしているからです。

感覚だけで

感情だけで

生きているからです。

「今、なんとなく嬉しい気分になったんだけど」

テレビを観て

「ちょっと感動したんだけど」

人と話をしていて

「嫌な気分になったんだけど」

・・・・・・・・・・・・・・・・

心の中を、感覚、感情が通り過ぎていくんだけど

それがなんなのかわからない

わからないのを

そのままにしている。


それってすべて意味のないものなのではなく

なんらかのメッセージなのです。

せっかくいいメッセージをもらっているのに

いいヒントをもらっているのに

そのままにしているから

すぐに消えてしまうのです。

メモをとる、書き留めるというのは

記憶するだけではなくて

メッセージの尾っぽを掴むということなんです。

心に浮かんだこと

なにかふと気づいたこと

大切だと直観で思ったこと


そんなことを、紙の切れはしでもいいから

かたっぱしから書いておくと

心が記憶してくれる

心に刻印したからです。

刻印したものがある程度溜まってくるとそれが形を帯びてくるのです。

想いがカタチになるんですね。

立体感が出て来て

答が現われるのです。

漠然としていたものが見えてくるのです。



書くものがなかったらしかたがないけれど

携帯やスマートフォンに打ち込むのは

おススメ出来ません!

それは指という身体は使うけれど

日本語(漢字、ひらがな)というのは象形文字なのです。

絵を描いているのと同じなんですね。

へたな字というのもへたな絵を描いているのと同じなんです。

へたな絵も描き続けていると上手くもなるし

味も出てくる。

年賀状で印刷された文章よりも

たったひと言でもいいから手書きが嬉しいのは

書いている人の絵を見ているんですね。

心に込めたものが字に現われる。

だからこんな時代になっても

紙に書くことが大切なのです。

アナログ的なことが大切なのです。

コンビニのおにぎりがおばあちゃんの握ったおにぎりに絶対に勝てないのは、機械には愛情を込めるということが出来ないからです。

愛情も波動(エネルギー)なのです。

身体というエネルギーを心のエネルギーに伝える

それが書くという動作なのです。



 


追伸

このことに関連した

抜群に面白くてためになる本をご紹介します。


あなたを天才にする「スマートノート」 岡田斗司夫 文藝春秋


  
 
  

チロルチョコきなこもち

      
  


人間には食欲があって、それもただ空腹を満たすだけではなく、美味しいものを食べたいという欲求があります。

そして食欲という欲も他の欲と同じように際限がなく、もっと美味しいもの、もっと舌を満足させてくれるものへとエスカレートする傾向がある。

日本の食文化は、他の国に比べても食欲をそそる環境が揃っているのは間違いない。(テレビでもグルメ番組が多い)

だったら食欲がつのるにつれて、値段も上がっていくのかといえば、そうでもない。

たくさんのお金を出さなくても欲を抑えることが出来る(私の場合だが)

例えば、お肉が食べたくなったらとりあえず吉野屋の牛丼でも欲求は収まるし、コーヒーが飲みたい時は、インスタントでも、自販機でアサヒの“金の微糖”缶コーヒーで満足するし、美味しいお寿司が食べたくなったら、スーパーで398(サン・キュー・パッ)で売っているねぎトロ巻きを買って帰ればたいがいは収まる。

そして疲れが溜まって甘いものが欲しくなったら、ゴディバのチョコレートでなくても一個10円もしない“チロルチョコ きなこもち”で十分だ(笑)。

いや、もしかしたら全然負けていないかもしれない。

ここにゴディバのチョコレートときなこもちがあったら、きなこ味を選ぶ人がいてもおかしくない。

それくらい“完成度?”が高いのです。

先日、アイスクリームのガリガリ君が少人数の小さな会社であるにもかかわらず爆発的に売れて、しかも次々にヒット商品を出しているとテレビで放映していました。

日本の中小企業は、たくましい、素晴らしいと思うです。


豊かな、そしてリーズナブルな食文化は

経済の低迷で苦しんでいる人を支えてくれます。

給料が下がっても

なんとか、まだ美味しいものを食べられる

そして各食品メーカーの企業努力(思い遣り)で

枯渇した心も満たしてくれる。

お腹がすいたとき・・・・

身体が食べ物というエネルギーを求めているとき

無性にある食べ物が食べたくなったとき

ちょっとコンビニやスーパーに寄れば

それがすぐに満たされる。

これも私たちは当たり前だと思っているけど

すごくありがたいことだと思うのです。

わたしたちは、もっと普段、当り前だと思っていることに

目を向けて

感謝しなければならないと思います。

最近収入が減ってなにかと節約、節制しなければならない状況になっているのですが(贅沢できない)

チロルチョコのきなこもち 一度ご賞味あれ(まだ食べておられない人は是非!)

口の中でフワッときなこ味が広がって、疲れた細胞に糖分が浸透していって

「ああ幸せだな~チロルチョコさんありがとう」

「売ってくれるスーパーさんありがとう」

という心境になれるのです。



安い所だと

10個89円とかで売っています。

他にも安くて美味しいもの

日本には

たくさんあるんでしょうね。





追伸


よそのブログでもこのことを書いていたら嬉しい情報をいただきました(笑)。
こういう情報交換もいいですね。

 
私もチロルのきなこもちは好きです。後は、春限定(4月~5月辺りで出ます。)のチロルの抹茶味もオススメです。濃厚な抹茶アイスを食べている感じがして好きです。

 



 




  

2012年11月 8日 (木)

今日のツイート(結婚しない)

  
  
  
私は、ドラマはあまり観ないのですが、朝ドラの「純と愛」と木曜ドラマ「結婚しない」の二つは観るようにしています。

特に「結婚しない」はいいですね。天海祐希さん、菅野美穂さんのサッパリとした性格が好きです。

以前やっていた天海さんの「女王の教室」や菅野さんの「働きマン」はこの人にしか出来ないと思わせる適役(ハマり役)だったと思うのです。

いい脚本、良い作品であってもキャストが合っていなければ台無しになってしまう。

それくらい配役を決めるのは難しいと思うのです。

この二人は安心して観ていられます。 それはお二人の人間性だと思うのです。

落ち着いた、地に足が着いた “生き方” がドラマに現われている。

自分を飾らないで そのままの“地” “素地” で勝負出来ている。

人に対する思い遣りや優しさがにじみ出ています。

この二人は実生活でも結婚をしていないのですが、“自立した女性” には結婚は必要ないのかもしれない。

夫婦、家族という共同体でなくても、仕事場や友達との関係で調和が取れていれば、人は幸せな気持ちになれます。

人には向き不向きもあるし、もしかしたら前世で夫婦家族の修行は、クリア(合格・卒業)していたのかもしれません。

そういう人は、今生では結婚をする方向へは気持ちは向かないのです。

無駄な修行は神さまはさせない。

それよりも夫婦家族以外の“場所” での修行がその人にとって重要なのかもしれません。

そう考えると無理をして結婚する必要もないように思うのです。

さて、今日はそのことを含めたツイート(つぶやき)を書いてみました。

よかったらお付き合いください。

1. 仕事というものは、全部をやってはいけない。八分まででいい。八分までが困難の道である。あとの二分は誰でも出来る。その二分を人にやらせて完成の功を譲ってしまう。それでなければ大事業というものはできない。(坂本龍馬)/龍馬は自分の手柄なんてどうでもよかったのですね。

2. 「人に何を言われようと自分の捉えかた次第でどうにでもなります」/ やっと仕事に就くことの出来た人が職場での感想を聴かれて答えていた言葉です。観ていて感動した。ほんとその通りだと思う。仕事が出来るありがたさが身に沁みたなら、些細?なことは気にならなくなるのか?

3. 朝ドラ「純と愛」で、女性から男性へ「私があなたを幸せにする」とプロポーズしていた。それも有り!だと思う。今は男らしさ女らしさはあるとしても、「男とは○○でなければならない」が無くなっていると思う。こんなことを言われたら男も幸せですよね(笑)
 

4. 善いと思うことは、躊躇(ちゅうちょ)せずにまずはやってみる。それから考えればいいんだ。

5. ドラマを見ていると、「こいつ嫌な奴だな」(役がらが)と思っていた人が状況によって急に善い人に思えてきたり、善い人が悪い奴になったりする。つまり自分が勝手に決めつけているだけで本来、善も悪もないんだ。「あいつは善い奴、悪い奴」と決めつけないようにしよう。

6. 一人でも生きていけるという自信のある人は、無理をして(向いていないとわかっているのに)まで結婚をすることはないと思う。「歳をとってから一人暮らしは寂しいよ」という言葉に振り回されてはいけない。人は一人でも、そして家族、同居人がいてもどんな形になっても幸せに生きていけることが大事だと思う。

7. 「月を観ている自分は月よりも大きな存在なんだ」(中村天風)/ 人間の不幸とは自分を小さな存在だと勘違いをすることにある。ほんとうの自分とは宇宙大に大きいんだということがわかれば、宇宙の無限のエネルギーをそのまま使うことが出来るのです。

8. お金は手持ちが少なくなっても必要なことには出し惜しみをしないで、 スパッと出してしまおう。そうすれば不思議なことに、出した分のお金とほぼ同額が財布に入ってくる。お金もエネルギーなのでプラスに使えばプラスのエネルギーが入ってくる。お金は溜めないで循環させることが大切なのです。

9. 自分が今何を考えているのか?感じているのか?を追いかけてはいけない。それは集合意識にフォーカスすることになるのです。今、ほとんどの人はマイナス思考になっているのでいつの間にかその渦の中に入ってしまう。特に感じることを信じてはいけない。五感ほどあてにならない感覚はないのです。

10.どんな状況であってもプラスのエネルギーにフォーカスし続ける。マイナスと共鳴しない!これがほんとうのプラス思考です。宇宙の、無限の、プラスの、エネルギーと共鳴することが、自分にとっても人類にとっても大切なことなのです。(調和波動気功法)


追伸

ドラマ「結婚しない」は今日の晩10時からフジテレビで放映されます。

今まで観ておられなかった人もわかりやすいダイジェスト版がありますので十分間にあいます(笑)。

よかったらご覧になってください。

http://www.fujitv.co.jp/kekkon_shinai/spe_movie/index.html#story4_digest


  

  

 

2012年11月 6日 (火)

キリストさまやお釈迦さまはなぜ愛深くなれたのか?

  
  
  
キリストさまは、弟子に裏切られて磔(はりつけ)になりました。

一番弟子でキリストを尊敬し敬愛していても人間は自分の身が危ないと思ったら人を裏切ってしまうものなのです。

お釈迦さまも人間の心の複雑さを「蛇蝎(だかつ)のようだ」(曲がりくねったヘビのように複雑だということ)とおっしゃっておられます。

そして実際に、ひどい目に遭っている。

しかしお釈迦様もキリスト様も人間を

なかば呆れながらも

「しかたがないなぁ」 と許してくださっているのです。

普通の人間だったら祖先まで恨みを持たせつづけて

かたきを討たせたと思うのです。

しかしそうではなかった。

なぜなのか?

それは愛が深いだけではなく

人間というものの 性(さが)を熟知していたからなのです。

肉体人間とは 不完全なもの

その不完全なものに “完全(パーフェクト)”を求めてはいけない。

いやいけないのではなく

“求めるのは違う” ということです。

肉体を持つということは

どれだけ 愛深くなろうとしても

神さまのような慈愛を持とうとしても

所詮、無理なのです。

肉体を持った時点で(自分を守ろうとするから)

罪を持ち合わせているからです。

肉体を持っていて、しかも肉体意識にしがみついている人間に

神さまのような愛を持つことは期待できないのです。

真理(愛)に目覚めかけた弟子であっても

完全に神と一体(神我一体)になったわけではない。(完璧から少しでも欠けるとそれは不完全です)

悟ったわけではない。

だからそこで

弱さが出てもしかたがないんだ

ということなんです。


私たちは、どうしても期待をする

完璧を求める

相手にも

そして自分にも・・・・・・。


相手にもっと優しくしてほしい、ずっと私を愛していて欲しい。

自分に対しても

もっと完璧でありたい、もっとすばらしい自分でありたい

勉強も仕事も出来るようになりたい

そして人から尊敬されたい・・・・・。


期待ばかりを自分にも人にもしてしまっているのです。

肉体人間は不完全で

どうしようもないのに・・・・・。

一度、あらゆるものに期待するのを

やめたとイメージしてみてください(笑)

例えば

挨拶したのに

返ってこない

なんて奴だ!(プンプン)

昨日まで、味方だと思っていたのに

急に攻撃してきた、無視された(怒り心頭!)

しかしそれは相手に期待をしてしまっているのです。

人間ってそんなもの

って思ったら

なんだか悲しくなるけれども

人間の 性(さが)

ってそうなんです。

それがわからないから苦しむのです。


肉体人間ってほんと “バカ” なんだな

とわかれば

ほんとスッキリ楽になるんです。わーい(嬉しい顔)


そして、そのまま気持ちを放っておくのではなく

肉体人間が期待出来ないんだったら

何に期待すればいいんだろう?

に気持ちを発展させるのです。

期待していいのは

いったい誰なんだろう?

パーフェクト(完璧)なものって何なんだろう?


自分たちを創ってくれた神さま(宇宙・サムシング・グレート・大自然)なんじゃないか?


そういう発想が出て来ても


不思議ではないですよね(笑)。



  


2012年11月 5日 (月)

フォトンベルト 2

  

  
フォトンベルトについては、たくさんの人が知らないほうがいいと思うのです。

それは、この情報をテレビや新聞などで大々的に報道すると間違いなく大パニックになります。

それにほんとうに起こるのか?というのは、相当研究をした専門家、学者でないと断言(科学的根拠に基づいて)できないだろうし、何日間は、不自由な生活(電気などのライフラインが止まる)をすることになったとしても、それを過ぎればまた普段の生活が戻るからです。

でも今は、インターネットがあるので発信しようとすれば、知った人は発信できる。しかしその人もほんとうに起きるのか?は半信半疑であり、自信もない、もし起こらなかったらとんだ恥をかくことになる。

愉快犯も発信しても誰も信じてくれそうもないのでやらない(笑)。

というより、私はこれらの報道(情報)には、宇宙の法則が働くと思うのです。

人間は何をやっても自由で、神さまでさえも押さえることはしない。

しかし、肝心なときには、神風が吹いて神の力を示すことも出来るのです。

この情報があまり行き渡っていないのも、目に見えないそんな力が働いているように思えるのです。(愉快犯の意識をそうはさせない)

ただ10年前からフォトンベルトについての本もたくさん出ている。

しかし読むのは、ほんの限られた人だけです。

私が日記に書いても、実際に本を買って読む人は、やっぱりほんのわずかな人なのです。

それでいいんですよね。

それでその人たちがある程度の心の準備をする。

そうなったときに、ほかの人よりも慌てずに冷静でいる。

それでいいと思うのです。

それが正解だと思うのです。

ところで前の日記に書いたこれから地球上で起こるポジティブ?な3つの現象についてご説明したいと思います。



1.人間に死がないことがわかる

2.男女の違いがなくなる(2極化が無くなる)

3.子どもは3人の人が望めば、性交なしで誕生する



まず、1.についてですが、やっと人間が死んだ後には他の世界(他界)があることがわかる時代になるみたいです。

7.8年前だったと思うのですが、映画で「よみがえり」が放映されました。
死んだ人が死後の世界から肉体界に戻って来るという内容です。

私はほとんどの人が死後の世界を信じていないのに、観客が、死者がよみがえって来て家族や知人と普通に接している場面を当り前のように、「そんなことがあるんだろうな」というような感覚で観ていたのが非常に印象的でした。

頭では理解出来ていないけれど、心はわかっている。つまり信じていないのは頭(肉体)で本心はわかっているのだと・・・・・。

3次元の終りは4次元です。今は3次元の終りの方なのでフォトンに突入したときに一気に4次元につながるのだと思います。

3次元は肉体界、4次元は目に見えない世界(幽界、霊界、神界)。

だから死んだ人が肉体界にもどんどん現われるようになる。

だれの目にも見えるようになれば、それは現実のものとなるのです。

次に2.ですがこれは不思議ですよね。

人間にはいろんな欲があると言われています。金銭欲、独占欲、食欲・・・これらの欲の深さが人間を醜くしているのであり、また苦しめている原因でもあります。執着心でもありますよね。

人間はこれらの欲望、執着心、そしてそれに伴う感情を超えなければ、次の段階(進化)にいけないし、幸せにもなれないのです。

愛はこれらを超えた先にあると思うのです。

つまり宇宙(神)意識とは、本当の愛に目覚めるということです。

みなさんは一番やっかいな、最後まで残る欲ってなんだと思いますか?

それは、色欲(性欲)だそうです。

これも映画の話なんですが、映画「お葬式」?「マルサの女」?だったかな?で病院で死ぬ間際の老人(男性)が最後に看護婦さんにお金を渡して身体を触っている場面がありました。

金銭欲は無くなっても、色欲は最後まで残るんだなぁと思いました。

今、同窓会などが盛んにおこなわれていますが、学生時代というのは多感な頃で一番異性に興味を持つ頃です。

昔付き合っていた彼女、彼氏に逢って、どうにかなりそうになる(テレビのドラマみたいですね)

それを理性で抑えて、男女という意識を越えて人と人同士の関係になる。

すると男も女も関係なくなります。(男らしさ女らしさはもちろん残ります)

悟りを開いた菩薩様は、男でも女でもないそうです。

人間は覚醒すると二極化がなくなるのです。

善と悪も無くなれば、男も女も無くなる。

相手を異性として意識しなくなる(性犯罪も無くなるでしょうね)

地球上に降り注がれるエネルギー(波動)が変わって、人間の意識が変わるのです。

ただその移行がスムーズに行なわれるかどうかは、個々人の意識次第です。

かなりの葛藤があると思われます。


3.は2から想像すれば、ご理解いただけると思います。人間は創造主(神)です。だからどんなものも創ることが出来る。それを忘れてしまっているだけです。今までは性交によって子どもが生まれていたのが、男も女も性が無くなることにより、子どもをつくることが出来なくなった。こども(人間)とは本来、神から生まれたものであるのだから、交わりがなくても出来るのでしょうね。

今日は、結構不思議な話をしました(笑)。

男と女が無くなる

男女の垣根を超える

溶け合って一つになる

それが本当の愛(合)なのか?


私も心境は、正直そこまでいってはいませんが

なんとなく

そうなるんだろうなぁ

と思っています(笑)。

みなさんはいかがでしょうか?



  

2012年11月 4日 (日)

フォトンベルト

  
  
2012年12月20日付近だそうだからもう一ヶ月ちょっとになりましたが、この日に完全にフォトンという光の粒子の帯の中に地球が完全に入っていくのだそうです。 (今でも入っているそうです)

地球だけではなく太陽系のすべての惑星がフォトンの中へ入ってゆく。

フォトンってなにかといいますと光の粒子だそうです。

地球には今も宇宙からのエネルギーが降り注いでいることは、あまり意識はしないけれど理解は出来ます。

そのエネルギーの質?が変わるといえばいいのでしょうか?

実は私も10年ほど前に「フォトンベルトの謎」渡邊延朗 三五館という本を読んだのですが、あまり深くは理解はしていませんでした。

しかし、もうすぐその日(12月12日)になる今になって思い出したのです。

地球も無限にある宇宙の星の一つであり、宇宙は進化し続けているのは明白な事実(私の中では)なので、地球が宇宙のエネルギーの影響を受けるのは想像出来るのですが、いざ地球人の意識が変わるといわれても、ほとんど報道もされていなければ、誰もいってもいない

だから

「ほんとうだろうか?」と疑問を持ってしまうのです。

ただ、起こったとしても恐れることなどはなにもないそうです。

地球が進化してゆく上でのプロセスなんだと思うことが大切なのです。

もう一度、「フォトンベルトの謎」を読み返してみたいと思っています。

この本の中には、地球が混乱するとかも書かれていますが、そのような、心配するほどのことは起こらないと私は思っています。

それよりもフォトンの後は、人間の意識が変わり宇宙意識に近づくことは確かなようです。

そしてある変化が訪れる



1.人間に死がないことがわかる

2.男女の違いがなくなる(2極化が無くなる)

3.子どもは3人の人が望めば、性交なしで誕生する


のだそうです。

にわかには信じがたいですよね(笑)

科学的に理解をしたい人、興味のある人は

読んでみてください。



フォトンベルトの謎』 渡邊延朗 三五館


http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/daiyogen25.html




  

人間って素晴らしいんだ 2

  
  
 
肉体人間の頭では、一人と話をしたら精一杯で、側から何かいわれると、“うるさいちょっとだまっててくれよ。順々にやってくれ” なんてなるでしょ。

聖徳太子が何人かの話しを一遍に聞いた、といいますね。

やっぱり聖徳太子は無為にしてなしているんです。

神我一体になっているわけ。

だから何人いたって、話をきかなくったってわかる。

そういうようになるにはどうしたらよいか、というと、

“いのちを捨てざれば生命を得ず” というイエスの言葉は私は好きですが、自分の想い、肉体のいのちをいうものを、すっかり神さまの中に投げ入れちゃうと、神さまの大きな想い、大きな光、大きな力がスーッと入ってくるんです。


みんなは肉体という、あるいは幽体という想いでもって、縮まって、小さく小さくなっている。

それで生きている。

ところが人間は神の子です。

神というのは無限の宇宙の生命でしょ。

その中の自分なんだから、どこだって自由に行けるじゃないですか。

光が流れてくるんだから、宇宙に広がっているわけです。

宇宙に広がっているんだから、何だってわからなきゃならないんです。

それがわからない。

 


ピンからキリまで


この頭で考えないで何が出来ますか、なんて、文句をいってくる人がありますよ。

頭で考えないでどこで考えるんだ、ってね。

「お前のその現われている頭で考えるんじゃないんだ。お前さんはこんな小ちゃな頭だと思っているんだろう。本当の頭はこんなのじゃない。宇宙大に大きいんだ」

といういうわけね。

いわれても何だかわけがわからない。

だけどだんだんわかってくる。


ということは、肉体の頭はこんな小さそうに見えるけれど、その中には脳細胞が六千億あるといわれておりますね。

それを広げると、宇宙大にひろがるんですよ。

原爆のウラニウムというものは、ごく小さなものでしょ。

それが爆発するとものすごいエネルギーが出る。

世界が吹っ飛ぶようなでかいエネルギーが出る。

人間の体はウラニウムよりもずっと大きいです。

そしていろんな元素が入っている。

ウラニウムの何万倍何兆倍あるかわからない大きなもんですよ。

これを原子爆弾のように爆発させてごらんなさい。

一遍でもって地球は吹っ飛んじゃう。

一人でその位のエネルギーを持っているんです。

すごい破壊力を持っているんです。

ということはその逆に、素晴らしい有効な力も持っているというわけです。



  

     

         『空即是色』 五井昌久 白光出版



  

人間って素晴らしいんだ、宇宙そのものなんだ 1

 
  

自分を自己限定することほど、愚かで悲しいことはないと思うのです。

そして自分だけでなく自分の子どもも限定してしまう。

無限の可能性を持ったこどもたちを

「自分のこどもだからたいしたことはない」

「この頭の悪い(偏差値が低いだけで)子に伸びる要素はない」(無限なる可能性!)

と決めつけてしまう。

すると想った通りの子どもになってしまう。(無限なる愛!)

人間は本来の本当の自分の姿を知るべきなのです。

知るように努力すべきなのです。

でないといつまでも自己限定、他人限定を続けて

幸せにはなれないのです。

私は、大げさではなく

等身大の自分や人間を知りたいと思います。

そうすれば等身大の自分を出し、活かしていくことができる。

等身大の自分が素晴らしければ

なにも自分を卑下することなく

素直にそのままを出していけばいいと思うのです。

でないともったいないですよね。

損をしますよね。

せっかくポジティブになれるのに

ネガティブに生きてゆくなんて

つまらないですよね。


そこで、五井先生から学んだ人間の凄さ、素晴らしさをみなさんと共有したいと思います。

どうぞお付き合いください。



  

学歴社会にもの申す

 

いい学校、悪い学校というくくりは、一昔前は、悲しいかな偏差値の高い低いで決められていました。

だから個人においても偏差値の高い学校に行っている子は、いい子、頭の良い子、低い学校に行っている子は、悪い子ではないけど頭の悪い子、だから未来は明るくない、仕事は限られる、機転の利く仕事は出来ない、出世は望めない、いい暮らしは出来ないなどと差別されてきました。

そしてまだその風潮は残っている。

学校もよい人間作りではなく、勉強の出来る子をたくさんつくることを目指している。

だから勉強で太刀打ちできない学校は何を目指して目標にすればいいのかがわからない。

特に、授業料が無料化になって(生徒が私立高校に流れるようになって)、公立高校(進学校ではない)は右往左往していると思います。

今こそ、子どもたちに何を伝えてゆけばいいのか?学校は何を目指すべきなのか?を真剣に考える時期が来ているように思うのです。

いい大学とか、いい会社とか、そんな小さなことにこだわるのではなく、もっと大きな志しを持つような子どもを育てていく。

それがいい学校つくりになると思うです。

五井先生のご著書から

私がそう思った文章を抜粋します。

よかったらお付き合いください。

 



たとえ学問はできない子がいたとしても、魂は立派な魂もあります。

秀才であってもゲバ棒をふるっているバカもある。

そんなものは神さまの世界から見たら大した違いではないわけです。

一番大事なことは何かというと、愛と真(まこと)です。

人を愛すること ━ 自分のためだけでなくて人のためを思ってやること。

勉強をするにしても、学問をするにしても自分のためだけではなくて、何か人類のために私が役立つように、役立つ人間でありますように、というので学問をすれば、その学問は大きく生きてゆきます。

「どうか私の生きている間は、一人でも多くの人のためになりますように、そのためにどうか私に学問を授けて下さい」

という気持ちで学生は一生懸命勉強するのですね。

そうすればいい学校にも入れるし、いい友だちもできるし、いい先輩もできる。

そういう生き方をしていきましょうね。(昭和46年6月)





       『空即是色』 五井昌久 白光出版



  


久々のツイッター

  
 
 
ブログもいいけど、ツイート(つぶやき)も面白いですね。

140字以内で思いを伝える。

余分な贅肉を削ぎ落とし、よりシンプルにする。

最近、ツイートしていなかったけど、最近溜めていたものを吐き出してみました。

今回は、みなさんが 「ん?」 そうかな? 意味がちょっとわからないな?というものが含まれているかもしれません(笑)

よかったらお付き合いください。




  
1. 運命の赤い糸や太い糸でつながっていなくても、青や緑、黄色、黒・・・や細い糸でも誰かとつながっているとイメージ(意識)するだけで、自分は一人ではない(孤独ではない)と思うんだ。


2. 人にはそれぞれいろんな考え、考え方がある。だから「それは違う!」と決めつけてはいけない。決めつけると自分も相手の人も小さな枠の中に閉じ込めることになる。


3. 人が何と言おうと(マイナスの言葉)聞き流すことが大切なんだ。聞き流すとエネルギーが動く。エネルギーが滞ることなく流れるとなぜかスッキリしてくるのです。川の水がスムーズに流れるようにいのちが活き活きしてくるのです。だから、立ち止まってジャッジしてはいけない、良い悪いと判断してははいけない。


4. それについてのメリットは?デメリットは?はと聞くとデメリットはたくさん出てくるのに、メリットは少ししか出てこない(笑)。デメリットなんてやり始めてから対処して行けばいいんだ。


5. 朝ドラの「純と愛」はやり過ぎだと思う(笑)。人は感情的になるとロクなことはない。取りかえしのつかないことも言ってしまう。だからどんな状況になっても冷静な部分、冷静な自分を残しておかないといけないのだ。



6. この世は光と闇の交差で出来ている。闇の部分にフォーカスするとブラックホールにどこまでも入って行ってしまう。そんなときは光を見つければいいんだ。光は見つけようと思えばどこででも見つけることが出来る。デパートで一生懸命に働いている店員さんや売店のおばちゃんも闇の中で光っているのです。


7. 人に期待をすると疲れるのです(笑)。期待をするというのは依存するということ、甘えているということ。人がどうであれ、「自分一人でもやるんだ!」という根性?決意がないと物ごとは成就しない。人は一人でも生きていけるのです。死ぬ時は一人(孤独)なのです。


8. 日ごろちょっとした、とるにたらないことに幸せを感じるような自分にしていないと、その後どんなに善いことがあっても心の満足を得ることは出来ない。いつも幸せを感じている自分をつくることが努力するということなのです。



9. 人間の本性とは、善なのです。それを悪と思ったらお先真っ暗になってしまう。私たちが本性と思っているものは、本当の本性ではない。うわっつらを見て悪だと思ってるのです。悪と思えるその奥は、光輝いている“愛・善・美” があるのです。


10. スポーツってもっと爽やかなものであってほしいですよね。審判が「今、体に当った?」(デットボールのこと)と打者に聞いて、「いえ、当たってないです」と正直に答える。そんな野球があってもいいと思うのは私だけでしょうか?(日本シリーズを観ての感想)


11. 勝負事(スポーツ)を見てもどちらも応援しない、すると結構楽しめるかもね(笑)。


12. ものごとの本質(真実)は、中庸(ちゅうよう)つまり、真ん中、その周辺にある。だから白黒つけるというのは違うのです。判断する、ジャッジする、思慮分別するというのは無理やり決めつけているだけなのです。だから人間は大らかであること(器が大きいこと)が正解なのです。



    

2012年11月 2日 (金)

マイナスをプラスに変える強さ 3

  
  
● ユダヤ人には悩みはつきものである。

次はアメリカの友人が語ってくれた実話である。

彼の兄が重い病に倒れたので、早く回復できるよう、ラバイ(ユダヤ教の聖職者)に祈祷を頼んだ。

ところが驚いたのは、別れ際にラバイが彼に投げかけた言葉だった。

元気づける言葉かと思ったら、意外にも

「どうか、もっと悩みがありますように!」

と言ったのだ。

兄の病気で非常に悩んでいるのに、もっと悩めとは何ごとかと、そのわけを聞くと

「人の悩みは、絶えず起こる日常のストレスにしか過ぎず、多くの悩みを抱えているほうがむしろ普通だ。一つだけにこだわると、それに心をすっかり奪われて、問題をますます深刻化させ、かえって身を滅ぼす。いろんな多くの悩みを抱えているほうが、気分が分散されていいからだ」


友人は兄のことばかりを心配して、ろくろく仕事が手につかなかったのだが、それを聞いて、肩の荷が下りて、精神的にとても楽になったという。

これは逆説めいた話だが、ユダヤ人が、悩みをどのように考え、どんな対処方を考えているかをよく示していると思う。





「頭がよくなるユダヤ人ジョーク集」 鳥賀陽(うがや)正弘 PHP新書




 


感想


この話を読んで、突然ですが、

「仕事ってありがたいなぁ」 と思ったのです。

悩みというのは、「闇が波のようにやってくることをいうのだ」と聞いたことがあります。 つまりどんなに恵まれた人でも悩みが無くなることはない。

だから問題は悩みを解決することではなく(解決しても解決してもあとからいくらでも出てくるから)

悩みの闇をどう光に変えていくかですよね。ぴかぴか(新しい)

それには理屈ではなく、心の中を光でいっぱいにしていればいい。ぴかぴか(新しい)

心の中を愛でいっぱいにしていればいいんですよね。

それをしている(実践している)のが神様なのです。

神さまの愛は、見返りを求めない無条件の愛です。(慈愛よりももっともっと無限次元に深い)

か~あ

み~い

これはいつも私が書いていることなんですが(笑)

私たちが幸せになる一番のメソッドは

悩みを減らすことでも、無くすことでもなく

愛がいっぱいの、愛深い人になることだと思うのです。



  

ところで仕事はありがたいでしたね(笑)

仕事をするとお給料を戴けるだけでなく

日常のいろんな悩みを分散させ、気を紛らわせてくれるのです。

この話のように、一つに悩みにはまってしまうとどんどん暗い方、悪い方、ネガティブな方にいってしまいます。

悩みに把われて、エネルギーが流れにくくなるのです。(生命が輝かなくなる)

仕事がないと余分な時間があるがために考える時間がいくらでもあるからです。

“閑居不善をなす” という言葉は閑だとろくなことを考えない、善いことをしない、悪いことをしてしまうということです。

悪いことというのは、他人に対してだけではなく、自分の心を暗くしてしまうということです。

自分が暗くなるのは自分の勝手だとみんなは思っていますが、そのエネルギーは伝染するのです。

自分の発しているエネルギーは良い意味でも悪い意味でも、地球にも宇宙にも影響を与えているのです。

大きな池に石を投じるとその波紋は端まで広がって行くのと同じですね。

仕事をしていると責任感から切り替えを迫られます。

心配を引きずっていれば失敗ばかりしてしまうからです。

そして失敗を繰り返すとクビになるからです(ご飯が食べられなくなる)

そして仕事をしている最中は悩みを忘れ(一時的でも)

一生懸命にやることでプラスのエネルギーを生み出すことを知らず知らずのうちにやっているのです。(一生懸命にやっているときはエネルギーが流れて輝いているのです)

なによりも悩みを忘れることは精神衛生上いいことですよね。

だから逆説かもしれませんが

適当に悩みはあったほうがいいんだ

あっていいんだ

あって当然

健全なんだ

ということなんですね。

そしてこの相談者は

とても気持ちが楽に軽くなったのだと思うです。

そうすると悩みも、ありがたいものなのかもしれませんね(笑)。


  


 

マイナスをプラスに変える強さ 2



逆境を軽快に乗り越える



● ある日、サムが非常に驚いた。友人のソールが、憎悪と悪意に満ちたユダヤ主義の新聞を読んでいるではないか。そこでソールに聞いた。

「一体、なぜそんな新聞を読むんだ?」

「これを読むと、非常な喜びと誇りを感じるからさ」

「非常な喜びを誇りを感じる? さっぱりわけがわからないね」

「わからないの? ユダヤ人の新聞を読むと、ユダヤ人が殺害されたとか、暴行を受けたとか、暗い話ばかりだ。ところがこれを読むと、おれたちユダヤ人が、大銀行を所有し、強大な権力を持ち、世界を支配しているかのような記事ばかりだ。 これを読んで、喜びと誇りを感じないかね!」


(ユダヤ人は、しばしば周りから悪口を叩かれ、いわれなき中傷をされる。事実無根のことを書き立てる新聞を嫌悪するかと思うと、そうではなく、むしろ自分たちを高く評価しているととるのだ。一見矛盾しているようだが、そのような中傷を見事に逆手にとってやり返している)




ユダヤ人のことわざに、苦難に打ち勝つ方法として、「飛び越えられないのなら、下に潜れ」というのがある。

一面だけではなく、いろいろな角度からその問題を分析し、冷静に判断すれば、なんらかの選択肢が見つかるはずである。

どんな困難に直面しても断念しないで、活路を懸命に探せば、解決法が必ず見出せると忠告するのだ。

その際、情勢や現状について、自分にとって都合のいい、願望を含んだ甘い判断(期待)をしてはいけない。

あらゆる要因を冷静に分析し熟慮したうえで、現在と近い将来は、むしろ悲観的に評価したほうが賢明だとする。

なぜなら悲観的に考えていれば、たとえ自分の期待に反する最悪の結果が出たとしても、失望したり気落ちしたりする度合いが少ないからだ。

つまり、その結末をはじめから覚悟し、心構えができるからである。

その一方で、行動を起こすときには、明るい未来と自分の力を信じて、長期的には楽観主義を通せと教える。

将来に希望を持たなければ、力強く前進することができないからだ。

ユダヤ人には長年、多くの辛酸をなめただけに、苦労や心配事に関するジョークがじつに多い。




  「頭がよくなるユダヤ人のジョーク集」 鳥賀陽(うがや)正弘 PHP新書



  

マイナスをプラスに変える強さ 1

  
  
  
今、私たちの周りはマイナスのエネルギーとマイナスの現象が現われています。

人と話をしていても、人は悪い方に悪い方に、ネガティブにネガティブに持っていこうとする。

なんでもっと善い方に考えていこうとしないのか?

どうして人が落ち込むようなことを平気で言うのか?

みんながマイナス思考になっているときは、その流れに沿って逆らわないで居た方が自分が安全だと思っているのでしょうか?

そんな心理状態が見え隠れするのです。

だからこんなときって

無条件に明るい人

どんなことがあってもへこたれない人

一時的には落ち込んでも、すぐに立ち直れる人

人のマイナスをプラスに変えれるもの凄いプラスのエネルギーを持った人などが求められるのです。

このような人は

生まれつき ポジティブな性格だったのではなく

人一倍、弱くて繊細で、傷つきやすくて

人が自分をどう想っているのかを気にしてばかりいて

朝ドラ「愛と純」の愛(いとし)君ではないけれど

人の想念(考えていること)がわかってしまったり

大病をしたり

いじめに遭ったり

仕事でうまくいかなかったり・・・・・・・

人一倍、人の何倍も苦労をしていて

他の人では耐えられないような苦しみを味わった人なのです。

そこで

「これではいけない、このままだと自分はダメになってしまう」

とどん底から這い上がって来た人なので

このような人は、とにかく強いのです。

 

人のエネルギーって伝染します。

だからマイナスのエネルギーをあなどってはいけないのです。

ちょっと油断をすると心の隙に容赦なく踏み込んで来る。

魔が差すというのは間が差すということです。

だから、無防備にボーッとしていてはいけないのです。

絶えず何か強いもの、とてつもなく大きなもの(それが神です)と繋がっていないと

今はすぐにやられてしまいます。(無限なる愛!)

私は、祈りによって宇宙(サムシング・グレート)とつながることはもちろんですが

肉体人間としても神(守護霊、守護神)を抜きにしても

十分に強くなりたいと思っています。

でないと神を信じない人、信じたくても信じることが出来ない人は

救われないことになってしまう。

私は

“鬼に金棒”という言葉が大好きなのです。

「あなたは今のままでも十分素晴らしいけれど、これをすればもっとすばらしくなる “鬼に金棒” になりますよ」

って言われたら

天にも昇りたくなるほど

嬉しくなってしまいます。

これほどポジティブな人を励ます言葉はないですよね。


実はこの言葉は、私のメンターである于先生にかけて戴いたお言葉なのですが

今もずっと私の心の中で生き続けているのです。


私も さりげなく? 自然体でこのような勇気の出る言葉をかけれるようになりたい!

そう思うのです。


ところで厳しい、波動の粗いこの世の中を強く生きて行くにはどうすればいいか?

それは打たれ強くなることが大切だと思うのです。

人が言うネガティブな言葉や行為に一々傷ついていては

自分の身が持ちません。

  
以前テレビで脚本家の三谷 幸喜さんが語っていたのですが、小学生頃の同級生に

「実はあの頃、おまえのことをみんなでいじめていたんだ」

と告白されたことがあったそうです。

告白した方は申し訳なかった、あの時はごめんなさいという気持ちだったと思うのですが

当の本人は気づいてなかった

「えっ本当、全然わからなかった、自分は好かれていると思っていた」

と言っておられました。

びっくりですよね(笑)。

自分の前に現われるいかなく現象もマイナスと受け取らない

三谷さんは間違いなく生まれ持ってのプラスの塊の人です(笑)。


でも、一般の人(普通の人)はこうはいかない

ではどうすればいいか?



自分で自分なりに強く生きるメソッド(方法)を見つけ出す、編み出すことが大切だと思うのです。

乗り越えた人の話を聞いてみる

そして本などから自分に合ったやり方を取り入れる。

私は本から学ぶことが非常に多いのです。

ブログに書いていることも

本から引用したものが多いです。

それに自分の体験を重ねていけば

自分の人生と本の中の他の人の人生を

両方、体得、会得することが出来る。

積もり積もっていけばもの凄い財産になります。

だから

本は私にとってかけがえのないものとなっています。


そこで、私がもっともっと自分が強くなりたいなぁと影響を受けた瞬間の文章をある本から抜粋します。

ユダヤ人の人はご存知のように、宗教的なことからひどい迫害を受けて来ました。

たくさんの人が殺害され、差別、誹謗、中傷、など想像を絶する中を生き抜いてきました。

そしてユダヤ商法で大金持ちになることはもちろんのこと、経済界だけでなくいろんな世界で逞しく生きています。

私たちの今の状況って、ユダヤの人が味わってきた苦難に共通するものが多いと思うのです。

マイナスをプラスに転じないと

心が折れてそのままどん底まで行ってしまう

そうならないためには

強くならなければいけないのです。

優しいだけではだめなのです。

人に頼られる、人を癒すためには強さが必要なのです。

他の人だったら立ち直れないようなことも

平気のへっちゃらで乗り越えるようにならないと自分も人も救えないのです。

まず、人を助ける前に

自分を救済しなければ人は救えないのです。

私はこの文章を読んで感動しました。

とてつもないマイナスをプラスに変える力こそ

人間には必要なんだと・・・・・。

それも肩ひじを張って

頑張るのではなく

ユダヤ人特有のユーモア、ジョークで楽しく乗り越えたい!

では

よかったらお付き合いください。



  

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