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2012年10月24日 (水)

天地の通りをよくしよう 3

 
    
 
空を飛び越えて前進する世界平和の祈り
 


そういうふうに、自然に行なったことが普通の人間がやる何倍もの力になって現われてくる。

のんきに自然にやっていることが、素晴らしい力になって現われてくる。

それはどういうことかというと、自分の想いが全部神さまの中に入って、神のみ心のままに、というんでまかせているでしょ。

“どうぞ自分の肉体でもなんでも全部お使い下さい、み心のままに”

と全部自分の想いをなくしてしまう。

それが空というんだね。 


すると肉体幽体のゴタゴタしている小さなチッポケな働きの想いではなくて、大生命、大宇宙の動きと一つの働きの力がズーッと入ってくるんですよ。

自分が自分が、自分がやるんだ、自分の力で・・・・と力むと、天からくる力、神と通じている穴をふさいでしまう。

どうぞおまかせします。と開くと、大生命から要するに実相から光が肉体に流れてくる。

そうすると、人がわからないようなことも全部わかってくる。

要するに神秘力があらわれてくるわけです。

それを無為にしてなせ、自然法爾、空っていうんですね。

だから空なんてむずかしいものじゃない。

何も坐禅観法しなければ空になれない、というものじゃない。

空というと、何もないような気がするでしょ。

何もない、というのはどういうことなのか。

ある雑誌に、神道の人が仏教の禅をけなしているんです。

禅などをやっているとみんなタヌキ坊主になってしまう。

何故かというと、空になれ、なんて坐禅をしているけれど、空になんかなりっこない。

何もなくなることはないんだ、そんなこと出来ないじゃないか。

だからみんなタヌキ坊主になっちゃって、変な坊主がたくさん出来るんだ、というようなことを書いている。

それを見て、アー、一知半解なことをいうな、と私は思った。

自分が出来ないからといって、人も出来ないもんじゃない。

出来る人があるかもしれない。

自分に出来ないことを、人も出来ない、と思うのは浅はかなんです。




禅の空というのはどういうのかというと、肉体のほうの想いが何もなくなることなんです。

一度、自分の想いを全部放棄してなくなって、無くなりっぱなしになると、空即是色(くうそくぜしき)になるんです。

色即是空(しきそくぜくう)の色というのは、“もの”という意味です。

本当の姿と偽の姿がまざっている“もの”です。

その色が即是空で空になると、今度は空の中から、空即是色になって、空は即ち光なり。

色が本当の姿の現われだけになる。

神さまの智恵、本当の働きがスッとでてくるんですよ。

空になって自分の想いを全部投げ出した途端に、大神さまの光がそのまま入ってくるんです。

パッとひらめいてわかる場合もある。

今すぐひらめかなくたって、やがてだんだん現われて、いつの間にか、自然法爾に神のみ心のままに動いている自分になるかもしれない。

そこで、色即是空、空即是色と二つつながっているんです。

その一番いい易しい方法は何か、というと世界平和の祈りなんです。

何故、世界平和の祈りがいいかというと、世界平和の祈りというのは、自分のことを思っているんじゃない。

世界が平和でありますように、みんなが平和でありますように、大調和しますように、という想いが

“世界人類が平和でありますように” という祈りでしょ。

大神さまのみ心というのは、世界人類が平和であるということです。

神のみ心が現われるということは、世界中のありとしあらゆる生物がみんな調和して生きること。

それが大神さまの大調和の姿が現われることです。

つまり世界人類が平和になることは、大神さまのみ心そのままが現われていることなんですよ。

だから “世界人類が平和でありますように” と祈ることは、大神さまと一つになるということなんです。

今にだんだんわかってきます。

 “世界人類が平和でありますように”と人類愛の深い心になると、空になったと同じなんです。

空をとびこえて、空即是色なんです。

往相(大生命に昇っていく姿)と還相(神さまの光と共に菩薩行として帰ってくる)が一つになってしまう。

それが世界平和の祈りなんです。

だから空、空というと、いかにもむずかしそうだし、無為にしてなせというとむずかしいそうだけれども、神さまのみ心の中に全部入っていさえすれば、それは空即是色で、無為にしてなせということと同じになるわけです。

自然に自分のやったことが神さまのみ心に叶った。

神さまがそのままやっていることになるというんですよ。

それはどうやったらいいかというと、世界平和の祈りをそのままつづけていると知らない間になってくるのです。



  
  
        「空即是色」 五井昌久 白光出版



  


  

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