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2012年10月26日 (金)

はじめから悟っている自分 4

  
  
  
神のみ心のなかに入る祈り


悟るためには空にならないといけないけれども、空になることは非常にむずかしい。

また小智才覚でなんにも思わないということもむずかしい。

この現象世界では、想いにとらわれてしまいます。

とらわれてはいけないということも、空になるということもなかなかむずかしいことなので、私はどうしたかというと “消えてゆく姿” を使ったわけです。

この頭のなかで、いいと思うことも、悪いと思うことも、あいつはいやな奴だと思うことも、他からおかされることも、自分から出てゆくことも、すべて真理に反することはみんな消えてゆく姿なのです。

あるものは神のみ心だけなのです。

いやなことがあったら、過去世からの業想念が今現われて消えてゆくのだ、消えてゆく姿だ、と神さまのみ心の中へいやなことを持ったままで入ってしまいなさいというのです。

神さまのみ心のなかに入るにはどうしたらいいか、そこには祈り心がほしい。

祈り心といってもどういうことかわからない。・・・・・・・自分と人類は同体で、自分というものは人類の中にあり、人類は自分の現われなのです。

人類が自分でもあるのです。

だからほんとうは自分が人類の中に入りこんでしまわなければいけない。

それにはどうしたらいいか。

人類すべてが平和でありますように、幸福でありますように、本体が現われますように、というので “世界人類が平和でありますように” という祈り言(ごと)が出来たのです。


そして “日本が平和でありますように、私たちの天命がまっとうされますように” という祈り言がつづいたわけですが、“私たち” というのは自分たち一家だけではないのです。

私たちを含めて無限の数です。

いわゆる世界人類(宇宙人類)です。

ですから、世界人類の天命がまっとうされますように、ということと同じなんです。


そういう祈り言をすると、つねに自分は人類の幸せを願う心でいっぱいになっているわけです。

一人の人間が三十数億(その当時の地球人口)の幸せの中に生きているわけです。

そういう大きな大きな自分になってゆく。

いいかえれば、神のみ心の中にそのまま入っているということです。

“世界人類が平和でありますように” という祈り心で、神さまのみ心の中に入ってしまうわけです。

入る時は自分の持っている業想念 ━ 誤った想い、把われる想い ━ もそのまま持って祈るのです。(初めは○○のバカ野郎!世界人類が平和でありますようにでもいいのです。私の勝手な解釈ですが)

そうすると、自我欲望にまつわる、いろんな小智、才覚、もろもろの間違った想い、人からおかされる想いというものが、みんな世界平和の祈りで一緒に消えてゆくわけです。

これを何回も何回もくりかえして祈り、だんだん深くなってゆくと、しまいには業想念がスッカリ消えるわけです。

初めは深く入れないかもしれない。

しかしみんな練習ですから、だんだん深く祈りの心のなかに入ってゆくうちに、いつのまにか、自分の幸せだけ願っていたことが、ほんとうに、世界が平和でなければいけないナ、というふうにだんだん心が強まってくる。

そうすると、自分の心がサバサバとしてくるのです。

心が青空のように晴れわたってくる。

こういう境地はやっぱり悟りの境地なのです。

お釈迦さまはそういうように悟ってくるのだ、という一番のもとを説いているわけです。

それをわれわれが、お釈迦さまの心を了解し、悟って、現代的にはこういうように説きあかそう、といって

“消えてゆく姿で世界平和の祈り” という生き方を発見したわけです。(昭和43年4月)




 「空即是色」━般若心経の世界 五井昌久 白光出版


 


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊さまありがとうございます

守護神さまありがとうございます







  
追伸

上の文章で

入る時は自分の持っている業想念 ━ 誤った想い、把われる想い ━ もそのまま持って祈るのです。(初めは○○のバカ野郎!世界人類が平和でありますようにでもいいのです。私の勝手な解釈ですが)


を少し補足しておきます。


私は偉そうにさも悟ったようなことを書いているのですが、真理をかなり勉強しているつもりの私ももちろん腹が立って感情的になることがあります。

それを「こんなことを想っちゃいけない」「自分はなんて情けないことを想ってしまうのだろう」とずっと責めていました。

しかし最近、それは違うとわかったのです。

肉体を持っている以上はしかたがないんだ。

肉体を纏っている時点で、「いろんな想いが湧いてくるのはしようがないことなんだ」 と割り切ったのです。(するとかなり楽になります、自分を責めないから)

そして腹が立ったままでいいから、あいつ頭に来るなぁ、しゃくにさわるなぁと想ったままでいいから、その代わりにすぐに世界平和の祈りを祈って打ち消そうとしたのです。

あいつのバカ野郎!は確かにマイナスの言葉です。でも湧いて来るものを押さえようとしてもまた出てきたり、誤魔化すことになる。

それならば、小さな業(マイナス)を出す代わりに宇宙のもの凄いプラスの言葉を言えばいい

だから

「○○のバカ野郎!世界人類が平和でありますように」

「オレは頭に来ているんだ、世界人類が平和でありますように」

「いつまでも調子に乗ってるんじゃないぞ、世界人類が平和でありますように」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

何回も何回もこれを心の中で繰り返すのです(笑)

すると アラ不思議

憎いあいつが憎くくなくなってくるのです(笑)

世界平和の祈りのエネルギーってそれくらい凄いのです。

すさまじい光なんです。

これをやっているといつかは、前のマイナスの言葉は出て来なくなる。

そうやってだんだんと自分のものにしていけばいい。

愛深くなっていけばいい

自分のことが好きになれる自分になればいい・・・。

そう思うのです。



  


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