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2012年10月26日 (金)

はじめから悟っている自分 3

    
 
悟りを開くということは


そこで考えなければならないことは何かというと、肉体の生活をよくしよう、肉体生活の幸せを得よう、ということは二の次、三の次であって、いちばん大事なことは、悟りを開くということなのです。

これがほんとうの幸せを得ることなのです。

悟りを開くということはどういうことか、というと、自分の本体、自分の本質をハッキリ体覚することです。


その本質は何かというと、神のみ心である、唯一なる神、絶対者のなかにそのまま生きている自分であるということ。

それがわかりさえすればいいことなのです。

それをわかるにはどうしたらいいかというと、頭の中で右往左往して、これは損だこれは得だ、こうしなければ、ああしなければ、と思いまどうこころ、小智才覚をなくすことなのです。

そこでお釈迦さまは、“空” になれといったのです。

空になって、空になったところから自分の本体が現われてくるのだ、阿僧祇劫(あそうぎこう)から生きている、永遠に生きている自分がそのまま現われてくる。

だから空にならなければいけない、といったわけです。

本体の自分の現われを閉ざして、少しずつたまった知識とか、たまった経験とかでは力は出てくるが、空になって出た力とはまるきり違ったもので、消えてゆく姿で、諸行無常の力なのです。

そこで、色即是空といった。

空になると、神さまの力がそのまま現われてくる。

そして空即是空とひらけて、空になって現われてきた物事、事柄というものは、すべて本体、神のみ心から出てくるものだから、素晴らしいものなんだ、だからそうなりきりなさいよ、と般若心経を説いたのです。


お釈迦さまは悟りを開いた時にそれがわかったわけです。

そしてそれを弟子たちに教えたわけです。

直接、お釈迦さまに教わった人は、現在、生まれ変わって生きています。

皆さんのなかにも随分います。

お釈迦さま時代にきいた時にわからなかったことが、今日になってだんだんわかってきた人も随分あります。

もちろん、皆さんも何べんも何べんも生まれ変わっているわけですよ。

世界平和の祈りをほんとうにわかる人は、そうとう古い魂で、何べんも生まれ変わっているのです。


なんども生まれ変わり、霊的体験、肉体的経験におけるいろいろな体験を加えていきますと、ああ、この肉体の世界というものはただたんに消えてゆくんだナ、ほんとうに在るのはお釈迦さまと同体である、仏と同体である自分なんだナということを、だんだん悟ってゆくわけです。





  
   「空即是色」━般若心経の世界 五井昌久 白光出版



  

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