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2012年10月29日 (月)

太陽と雲 2

  

  

 太陽と雲


私は、海外でも国内でもいつも“我即神也”“人類即神也” を太陽でたとえさせていただいています。

自分が一番信じていること、大切にしていることは、皆一人一人の中に神と一体の素晴らしい魂が存在しているということです。

肉体を持つ人間だから、時に神とかけ離れたことを思ったり、言ったり、行動してしまうかもしれないけれど、それは太陽にかかる雲のようなもので、別の次元に存在しているものなのです。

雲は太陽の存在を隠すことは出来ても、太陽自身を汚せないし、侵すことは一切出来ないように、私たちの中にある魂は何からも汚されたり侵されたりすることはないのです。

しかし、私たちの思いや行為が雲のように、魂の美しさや光、愛と赦しを隠してしまうことはあるのです。

今まで、私は太陽だけを見ていきたいと思っていました。

そして、雲の間の隙間をどう作っていくのか、隙間作りがテーマだと思っていました。

それは自分自身の中に存在する雲の隙間作りもそうですし、自分が出会う周りの人々も、たとえ雲にびっしり覆われていても、その中に隙間を見つけて、その人の本来持つ素晴らしさ、輝き、愛を見出し、それとつなげることを考えてきました。

自分たちの生き方、思考パターン、コミュニケーション、行為・・・・それらの中にどうやって隙間を作り、人間本来神たる姿をより引き出し、お互いに見出し、感じられる方法を見つけ出せるのか、実践していけるのか。

自分自身の実験を通して、常にその視点で活動していました。


ですが、最近になって雲にフォーカス(注目)する大切さも周りから教わりはじめました。

太陽に目を向けていると、その横にある雲には一切目がいかなかったのです。

そこを見る必要がないと思っていましたし、一度掴んでしまうと、そこに意識を向けてしまうことで、かえって自分の太陽を曇らせてしまうと思っていました。

しかし、雲を見ることによって、雲の大きさ、形、色を把握することが出来、何よりもそれを受け入れ、受け止めることが出来るということを知りました。

雲は流れつづけ変わりゆくからこそ、現状のありのままの姿を見つめ受け入れること。

そこに何の批判、非難、評価もせずに、ただ、今、こういう雲が自分の周りを流れていると知ること。

そしてその雲もまた、必ず消え去り動いていくということ。

それをも踏まえて太陽を見ることこそ、何の不安も恐怖もなく太陽の光をしっかりと受け止めることが出来るのだと思いました。

言い換えると、我即神也に意識が集中しすぎて、そこだけを掴もうとすると、日々自分の中に出てくる想念や行為を受け止めず、大切な学びや成長を見逃してしまうことがあると思ったのです。

自分の中に生じた思い、考え、行動が、時に雲のように消えてゆく姿となって現われたら、批判、非難せずに、それもしっかり見つめ受け止めること。

すると雲から学び取れる光もたくさんあるのだと感じました。

隙間作りは、太陽ばかりを見ていても出来る訳ではない。

逆に、そこにある雲を受け止めて理解し、初めて作れるのだと感じたのです。

これからも自分と人の太陽をもっともっと見出していけるよう、精進していきたいと思います。




                西園寺由佳 さん



   

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