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2012年10月18日 (木)

般若心経(空即是色) 6

  
  
 
人間界の世界だけを見ていると、人間ってほんと馬鹿ばっかりだと思ってしまいます。(無限なる叡智)

ニュースを観ても、警察官が乱暴をしただとか、親子で殺し合いをしただとか、国の代表者が人気取りのために他国の領土に足を踏み入れただとか、自分を守るため、感情(欲情)を満たすため、自国の国益?のためには、愛のある行動からかけ離れたことを平気でしてしまう。

神性の顕われていない人間とは、もうどうしようもないバカもバカ、大馬鹿なのです。

そんな大馬鹿者を私は、我即神也、人類即神也と言っているのではありません(笑)。

我即神也とは人類即神也とは、神性の顕われた本当の人間の姿をいっているのです。

今の地球上では、残念ながら神性がまだ顕われてはいないのです。

それどころか人(霊止)=神ではなく、幽界のおばけちゃんに取り憑かれて動物性(感情)が勝って現れているのです。

人間とは、神と動物の間といいましたが

今は動物よりの人間がたくさん出現しています。




だがしかし、これが人間の本当の本性ではないのです。

人類だけではありません。

他人事ではありません。

今現われている自分自身も残念ながら常に神性が顕われているとはいえない。

確かにときどきは、天使のような優しい気持ちになれることもある。

感動して美しい涙を流すこともある。

だがしかし、すぐに不純な、不潔な、だらしのない、怠惰な想念が自分を襲って来る。人の悪口を言ってしまったり、嫉妬や妬みも多く、人の幸せを素直に喜べない、マイナスのことばかりに目がいって、そのまま口に出してしまう、ズルイことを考えて楽をしようとする、いつもお金が欲しいと思っている、異性にもてたいと自分の容姿ばかりを気にしている、死ぬのが怖くて、病気になることが怖い、自分を守るために責任を他人に押し付ける、損か得かばかりを考えている、自分さえよければ他人はどうでもいいと思ってしまう
・・・・・・・・・・・・・・人間の醜さ、愚かさをあげたらきりがないほどあります。



肉体の人間とはどうしようもない、手がつけられないほど大馬鹿になってしまった。

今日、朝ドラを観ていたら、だいたいの人間ってほんと自分のことしか考えていないんだと思う(すべての人がそうではありませんが)、自分の周りがそんな人間ばかりだったら生きていることに絶望して、こんな世界なんて無くなってしまえばいいのにってそう思ってしまう人が出てきても無理はないと思う。


このまま何も変わらなければ、本当に地球人類は終わってしまうのだと思うのです。

だがしかし

真実はそうではない

今の人間界は、今まで神のみ心を離れていた間違った想念、幽界に溜まったものが溢れ出ているだけで人間の本性は、神そのものなのです。

本当の人間とは、完璧(パーフェクト)で完全で、愛に満ち溢れて、慈愛そのもので、みんなが仲良くしていて、天使そのものなのです。

だから今現れているのは、カルマや業が消えてゆこうとしているプロセスなのです。

消えてゆこうとしているのをつかまえて、悲観したり、絶望視している。

だから、傍観していればいい。

悪いものが消えて、消えてしまえば後は善くなってゆくんだと心を落ち着かせて祈りながら客観的に観ていればいいのです。

肉体界も幽界も消えてゆく世界です。

実在してるのは、神の世界である神界だけ(しかし神界は目にはみえません)

般若心経でお釈迦様は何を説いているかというと

今目の前に現れているのは、実体のあるものではないんだ、本物ではないんだ、永遠のものではないんだ、永遠でないものは幻なんだ、人間は幻を見ているんだ、無いものをあると思い込んでいるんだ。

肉体もそれが本体ではなく、目にみえない心が本体(実際にあるもの)なんだ

心に肉体という器を纏っているだけで

肉体(物質)というものはないんだ

目に見えるものを実体(実際にあるものだと)だと思っていては

悟ること(自由自在心になること)も安心立命することも

生老病死の苦しみを超えることも

幸せになることもできないんだ


とないないづくしで

目に見えるものを

一切否定しているのです。

想いも同じです。

肉体の頭で考えていることは

次々に脳裡を襲って来る想いとは

すべて神からかけ離れた

人の思いであったり過去世からの想念行為の結果であったり、幽界のオバケちゃんのいたずらであったりがグルグル廻っているのだ


本体(本心)から来ているものではない!


だからいちいちこの想念はどこからやって来るのかなんて考える必要もない!


無いものなんだ、消えてゆくものなんだ(無念無想で何も考えていない状態“空”が本当の人間の姿なんだ)

無いんだ、無いんだ、無いんだ、無いんだ、無いんだ・・・・

無い無いづくしなのです。

人間が神性そのもの

神そのものになるためには(人間が本来の姿を取り戻すには)

一切の目に見えるもの、聞えてくるもの、浮かんで来るものを

否定しなければならないのです。

余計なものを一切、切り捨ててゆく

そうすると後に残るのは実体のある神界という世界だけ・・・・。

お釈迦様はそうなるために

般若心経を説いたり

宇宙と一体なるために

統一を教えたのです。


ただ

 
私たちは、目に見えているものを

「無いんだ」といきなり切り捨てることは難しいのです。

だって実際に目に見えているものを“無い”とは思えない。

だから無いとは思えなくても

消えてゆくんだと思えばいい(それだったら理解出来る)

五井先生は、“消えてゆく姿”で

わかりやすく

真理を説いてくださっているのです。



  


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