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2012年10月17日 (水)

般若心経(空即是色)3

 
   
  
本題に入る前に、ちょっと関連した話をしたいと思います。

今から10年ほど前だったと思うのですが、映画で「源氏物語」を観ました。

吉永小百合さんが紫式部の役で、光源氏の生涯を書きとめていくようすが描かれていました。

観終わった後の私の感想は、ファン(源氏物語の)の方がおられたら申し訳ないのだけれど、なんら感動するものがなく。

なぜ、「源氏物語」が世界で高く評価されているのか?が理解出来ませんでした。

原文を読んだわけではなく、深く研究したわけでもないのでうかつなことを言ってはいけないとも思うのですが

内容はといえば、光源氏というプレイボーイがいて手当たり次第に女性を口説いていった。

容姿端麗(イケメンですね)であったためにほとんどの女性は源氏に墜ちていった。

モラルもなにもなく、父の妻(義理母)までも性の対象とした。

だがしかし、年老いてくると、昔の姿はなく、女性も離れていき、最後は寂しい余生を送ることになった。

人間の愚かさ、はかなさ、むなしさ・・・・そういうものは見事?に描かれているのだれど

魂が震えるような、心が揺さぶられるような、感動に涙するようなことは描かれてはいないのです。

これだったら私が知っている知人(友人)のプレイボーイ(武勇伝?)となんら変わりがない。

そして、やはり変わりがないのは、色欲に走った人の末路は、今も昔も悲しいのです。(私も走りかけたことがあるので偉そうには言えませんが)

感情に走って、そのときだけの欲望を満たすと必ず後で後悔することになる。

自分が後悔するだけでなく、人も巻き込んでしまう(感情の渦の中に)、そして恨みを買い、それが自分に返って来るのです。

人は、「死んだ人の霊」は怖いっていうけど

実は、「生き霊」の方がずっと怖い場合があるのです。(生き霊の方がエネルギーが強い!)

女性は、男性の浮気をすぐに見破ると言いますが(反対もあります)

それは、実際に魂がその現場に行ってみているのです。

ただそれが、事実としては現実離れをしているために“カン”であると思い込んでいたり、なんとなくというあやふやなもので強くは主張できてはいない。(相手を信じたいと言う気持ちも残っている)

気持ちがそこに行っていれば、肉体は行かなくても、魂はそこへ行けるのです。

行けないと思っているから(思い込んでいるから)行ってないと思っているのです。

だからときどき、その現場に行ってもいないのにその場の様子がわかるときが誰にでもあるのです。

「誰がみていなくと、お天道様(神様)は天からしっかりと観ているんだよ」

というのは、人同士においてもいえるのです。

人の想念(念力、エネルギー)とは、決してあなどってはいけないものなのです。

また本題に入る前に話が終わってしまいましたね(笑)。

ただ本題(空即是色)に入る前に、もっとわかりやすくするために関連した話をふっておいた方がいいと思っているのも確かです。

気長にお付き合いいただけたら幸いです(笑)。



 

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