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2012年9月 3日 (月)

警官の涙 2

  

  
明治26年(1893)6月7日正午、四年前に熊本で警察官を殺害して逃亡した強盗犯が、福岡で捕えられて熊本へ護送されてきた。

殺された警察官は、地元の人々からの人望がとても厚い人物だったという。

そのためだろう、熊本駅前には多数の群衆が押し寄せ、一帯はきわめて穏やかではない雰囲気に満ちていた。

その群衆の中に、当時、第五高等学校(現・熊本大学)で教鞭をとっていたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の姿があった。

ハーンはいったい何が起きるのだろうかと不安な気持ちを抱いていたようだった。

列車が到着すると間もなく、一人の警部に背中を押されるようにして、後ろ手に縛られ首をうなだれた犯人が改札口から出てきた。

警部が犯人を改札口の前に立ち止まらせると、群衆はいっせいに前の方へ押し出てきたが、しかし静かに見守るような様子であった。

そのとき警部が大声で呼んだ ━ と、ハーンはそこで見た光景を次のように書いている。

「『杉原さん、杉原おきび、来ていますか』

背中に子供を負うて私のそばに立っていたほっそりとした小さい女が 『はい』と答えて人込みの中をおしわけて進んだ。これが殺された人の寡婦(未亡人)であった、負うていた子供はその人の息子であった。

役人の手の合図で群衆は引き下がって囚人とその護衛と周囲に場所をあけた。

その場所に子供をつれた女が殺人犯人と面して立った。

その静かさは死の静かさであった」

警部はその子に向かって、低いがはっきりした声で話しかけた。

「坊ちゃん、これが四年前にお父さんを殺した男です。あなたは未だ生まれていなかった。あなたはお母さんのおなかにいました。今あなたを可愛がってくれるお父さんがないのはこの人の仕業です。御覧なさい、(ここで役人は罪人の顎に手をやって厳かに彼の眼を上げさせた)よく御覧なさい、坊ちゃん、恐ろしがるには及ばない、厭でしょうがあなたのつとめです。よく御覧なさい」

ハーンが見ていると、その男の子は母親の肩越しに犯人の顔を恐れるように見やった。

それからすすり泣き、涙を流しながら、恐れを追い払うようにしてしっかりと、眼をそらすまいと力を込めているかのように犯人の顔を見つめ続けた。

そのとき「群衆の息は止まったようであった」とハーンは記す。

犯人はみるみる顔をゆがませると、突然身体の力が抜けたかのように倒れこみ、地面に顔を打ちつけ、声を震わせて叫ぶように言葉を放った。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんして下さい、坊ちゃん。そんな事をしたのは怨みがあってしたのではありません。逃げたさの余り恐ろしくて気が狂ったのです。大変悪うございました。何とも申し訳もない悪い事を致しました。しかし私の罪のために私は死にます。死にたいです。喜んで死にます。だから坊ちゃん、憐れんで下さい、堪忍して下さい」

子供は無言のまま泣き続け、警部は犯人を引き起こし、二人が歩きはじめると群衆は左右へ分かれて道をあけた。

すると突然に 「全体の群衆」がいっせいにすすり泣きをはじめた。

と同時にハーンは、犯人をつれて歩く警部の顔に涙を認めて大きな驚きをもった。



 

  なぜ世界の人々は「日本人の心」に惹かれるのか 呉 善花 PHP



 


   
感想

ここまで読んでいるとまるでそのときの状況が目に浮かぶようです。

このような場面は私はもちろん経験したことはないのですが、罪人の中には心から家族の人にわびたいという気持ちを持っている人も多いのではないかと思います。

以前、私は警察の人から「根っからの悪者はいないんですよ」と聞いたことがあります。

それは本当だと思うのです。

何かのきっかけがあってその人の人生が狂ってしまった。

もちろん狂う前に矯正しなければならないのはもちろんですが、生身の人間とはそんなに強くないことは、この群集は「百も承知」 だったと思うのです。

もし自分が犯人と同じ境遇で育っていたら自分もそうしていたかもしれない。

もう少し気持ちが強かったら、逞しかったら、そうはなっていなかっただろう。

群衆の人たちはいろんなことを考えていたのだと思うのです。

その群衆の想念(おもい)がその場では交錯していたんでしょうね。

でもほとんどが両者に対して同情的(愛深い)だったと思うのです。

いかにも日本らしい場面だったと思います。



  

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