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2012年8月30日 (木)

「執着心」を乗り越えて 2

  

私の体験から


先日も面白い体験をしました。友だちとの待ち合わせに遅れてしまって焦っていた私は、何よりも大切にしていた日記帳をタクシーの中に置き忘れてしまいました。

その日記帳は、私が感じたことや観察したことをいつでも書けるように、必ず持ち歩いていたノートでした。

そのことを聞いた優しい妹は、タクシー会社一つ一つに連絡してみると言ってくれました。

しかし、執着心を出来るだけ持たないよう意識していた私は、これも何か意味があることだと思って、きっぱりとノートに執着することをやめました。

それを決めた瞬間から、ノートのことはまったく気にならなくなり、無くしたことも前向きに考えられるようになりました。

そんな、ノートを無くしたことすら忘れていたある日、妹が

「今さっきタクシーの運転手さんがノートを届けにきてくれたのよ」 と言って、ノートを渡してくれたのです。

戻ってくるなんて少しも予期していなかったので、本当にびっくりしました。

この体験は小さなものですが、真理を確実に教えてくれたように思います。

自分が何かに執着している時は、どうしてもその強い想いにコントロールされてしまいます。

でも思い切ってその想いを捨てると、それだけですべては上手くいくのです。





自由自在心



その 「執着心」 について、ある時友達と話していると、質問が返ってきました。

以前、私はその友達に、何事にせよ自分が強く思ったことは必ず宇宙に伝わるから、強く思いつづけたら叶うという話をしていました。

しかし、その友達は強く思うことと、執着の違いが分かりにくいというのです。

もう少し詳しく説明すると、自分が宇宙に放つメッセージが執着なのか、そうでないのかの区別がつかないと聞いてきたのです。

確かに、宇宙に自分の思いを伝えるために思うことと、何かにこだわって執着する思いの区別がつきにくいと感じる時があるかもしれません。

しかし、自分の強い思いが執着であるかないかは、自分の心と向き合ってみると簡単に答が出ると思うのです。

つまり、自分の心がどれだけ自由であるかを見つめればよいと思うのです。

「執着心」 とは、自分の心がまったく自由にならない状態なのです。

自分の心がある想いに把われて、窮屈な箱に入ってしまっているようなものです。

先ほどの例で言うと、自分の心がノートにばかり縛られてしまい、その想いから自由になれない状態です。

一方、執着していない時の自分の想いは、確かにノートが返ってきたら嬉しいとは思いながらも、自分の欲求から解放されているので、その想いは必ず宇宙に伝わって、よい結果を創造するのだと思います。


神様は人間に自由を与え、自由を経験させたいと思っています。

ですから、人間は自由に自分の人生を創造することが出来、どんな状況に置かれていたとしても、すべては自分の想いにおいて不足しているものなどないのです。

自分に必要なものはすべて自分の内にある、ということを信じさえすれば、何かに執着してしまう心は自然と消えていくのだと思います。




     
      「いとおしい生命」 西園寺里香 白光出版



  


  

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